工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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<   2008年 08月 ( 1 )   > この月の画像一覧


外国語と自分の専門分野の両方を持つ大切さ

今日は、私が考える国際人の方向性を伝えたい。なぜか。私が持つ、あるいは、目指す感覚をお伝えすることで、皆さんの国際人の視点を修正したり、改善する機会になってほしいと思うからである。

私が考える日本人が目指すべき国際人は、「読み、書き、聞き、話す」の出来る一定の外国語と、他者にアピールできる専門領域の獲得であると考えている。

この2点を説明したい。

①まず、外国語について。これは別に英語である必要はないと私は思っている。フランス語でもよいし、中国語でもよい。要は日本語以外の言語に秀でて、日本以外の人々とコミュニケーションできるような状態がよい。

これについて、「国際言語」として英語を推進していく見方も多い。だが、実際に、国際社会に出てみると、「英語が話せればよい」などといった態度だけでは見えてこないものも多い。

私はオランダで研究をした時期があるのだが、アフリカの地域から来る人間たちが、フランス語で会話をしていて、英語がまったくわからないという状態であったことが何度かあったことに驚きを感じた経験がある。フランスの植民地であった国々では当然のごとく、フランス語は話すかもしれないが、英語はほとんどできないというようなことも多い。

そのような背景から、私は、外国語という言い方をし、英語という言い方をしない。

私は外国語として四技能として使えるといえそうなのは英語しかない。あとは片言のトルコ語やアラビア語程度である。

それがある程度のレベルになっていることが必要である。

ある程度のレベルとはどのぐらいだろうか。外国語の言語が上達していることに越したことはない。

だが、我々日本人が外国語に秀でるというのは時間がかかる。私も英語にかけた時間だけで膨大な量になると思っているのだが、これ以外の外国語がある程度のレベルになるまで時間をかけて勉強できるかはなはだ不安である。

私の経験からひとつの基準を提案したい。英語しかわからないので、英語での基準を提案したい。英検準1級から1級程度ではどうだろうか。理想をいえば、英検1級のひとつ上ぐらいのランクが望ましい。だが、専門領域の学習へかける時間を考えると英検準1級から1級程度で十分なのではないか、という気がしている。

現に、「国際・・・」というような肩書きをもつ日本人と何人も会ってきたが、その人たちは、言語は私が上に述べたようなレベルの前後でおさまっているようだ。例外もいるが、ほとんどの日本人は上のあたりの言語レベルである。その代わり、専門分野が秀でていることは特筆したい。だから、言語のつたなさを専門分野でカバーすることが可能になるのである。


②次に、専門分野について。私はかなり前から、外国語以外の専門分野を持つべきことを主張してきた。だから、私自身も法律を学んだ。外国語は手段として使ったまでである。「英語使い」「英語の達人」などというような表現は、私にとっては好ましい表現ではないのである。

国際人として、たくさんの人間とコミュニケーションをするとき、武器となるのは専門分野であり、言語は手段でしかない。ある程度の言語のレベルに達していれば、専門分野の力をつけることも忘れてはならない。

だから、国際人として、世界にアピールしていくためには、外国語を手段として訴えかけられる専門領域の知識や経験が必要であると思っている。

では、「これが、自分の専門です」とアピールできる基準はどのぐらいだろうか。私は、研究であれば、大学を出て、2年ほど時間をかけた修士号の段階で認定してよいと思っている。実務の世界では2~3年の経験と同じだろう。

理想的には博士号と言いたいところだが、そこまでは現実問題は難しい。実務も5年と言いたいところだが、それも実際は転勤や転職もあるので、難しいだろう。

専門分野は2~3年の時間を費やした人が、はじめてアピールできると私は考えている。

③私は自分の考えを押し付けようというつもりはない。だが、多くの日本人が言語学習、特に英語だけを目的にしている状態は危うい状態だといえると考えている。

世界は広い。自分が当然だと思っている英語が通じない人たちはまだまだたくさん存在する。

英語はできても、話すことは何もない。英語はできても、言うべきことがない。そんな日本人を大量生産する英語学習などは必要ないのではないだろうか。
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by kudo_koji_blog | 2008-08-23 18:26 | 英語