工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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<   2007年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧


ロバートケネディの演説

ケネディと言えば、35代アメリカ大統領のジョン・F・ケネディが有名で、著名な演説で有名なのは、「Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.(国があなたに何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国のために何をできるか考えて欲しい)」というものがある。

「国がどれだけのことをしてくれるか?」が大切なこととされている福祉全盛期の今、このような国への奉仕を要求するメッセージが受け入れられた時代があったというのは、驚愕に値する。
自分が得ることではなく、与えることを考えることができた、ということは、それだけ、アメリカという国とその国民が自信と力に満ち溢れていたのだということが言えるだろう。

実際に、このようなメッセージを聞いてみると、兄のジョン・F・ケネディのスピーチは出来すぎている感じもしないではない。もちろん大統領のスピーチは多数の人間が準備するものだから、当たり前なのだが、何か足りない気がする。それはパッション(情熱)だろう。実は、ケネディ大統領の演説よりは、弟のロバート・ケネディのほうが、情熱的で、まっすぐな演説をしているのである。

彼の弟に当たるロバート・ケネディは司法長官を歴任して、その後大統領選に立候補するのだが、志半ばで、暗殺されている。

彼のスピーチは情熱的で、真剣そのものだ。

What we need in the United States is not division; what we need in the United States is not hatred; what we need in the United States is not violence and lawlessness, but is love, and wisdom, and compassion toward one another, and a feeling of justice toward those who still suffer within our country, whether they be white or whether they be black.

(アメリカで私たちが必要としているのは分離ではありません。憎しみでもありません。そして、暴力や無法ということでもなく、愛であり、知恵であり、互いに対する同情であり、そして、まだこの国で苦しんでいる人に対して感じる正義の感情なのです、彼らが白人だとか、黒人だとかにかかわらないのです)

We must recognize the full human equality of all our people - before God, before the law, and in the councils of government. We must do this not because it is economically advantageous - although it is; not because the laws of God and man command it - although they do command it; not because people in other lands wish it so. We must do it for the single and fundamental reason that it is the right thing to do.

(私たちは、神の下に、法の下に、政府の下に、人間が平等であるということを理解しなければなりません。私たちはそれが経済的によいから、そういう理由で支持するのではなく、神や人間の作った法だからといって、それで支持するのではなく、人々が望むからそうするのでもありません。私たちはそうしなければならないのです、なぜならそれが正しいという唯一で最大の理由からです)

他にもたくさんの興味深い、表現があるのだが、他に、私がロバート・ケネディの考えで、共鳴するのは、「教育を受けた人間は社会に義務がある」というところである。教育を受けた人間は社会に還元する義務がある。そして、それはあなたたちにしっかりと返ってくるというくだりはうなずかざるを得ない。本気で社会を考えて、それを改革しようとしていた気概が伝わってくる。

ロバート・ケネディのエッセンスは次のような哲学だったと、私は考えている。

「If we don't do it, nobody is going to do it. If educated people don't do it noboby is going to do it.」

(私たちがやらないのなら、誰もやりません。教育を受けた人間たちがやらなければ誰もやりません)

演説のエッセンスは以下のウエブで手に入る。

http://www.rfkmemorial.org/

彼のスピーチは音声で聞かなければそのインパクトが伝わらない。アメリカのアマゾンではロバートケネディのスピーチのビデオを販売しているので、ぜひ、購入して、見て、聞いてほしい。
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by kudo_koji_blog | 2007-05-30 05:06 | おすすめ

私がよく聞く音楽たち

今日は自分の好みの音楽を紹介したい。「おすすめ」のコーナーであるが、それほど肩肘張ったものではなく、私の好みの音楽の紹介という程度のものである。

私は昔から洋楽をよく聞いていた。80年代はベストヒットUSAという番組が深夜放送されていて、毎週トップ10を紹介するのだが、それを聞いて、気に入った歌手はレコードを買ったり、貸しレコードを使って、テープに録音したりしていた。

当時よく聞いたのは、

Kenny Loggins...Vox Humana
Journey...Raised on Radio、Escape
Brian Adams...Recless
Bruce Sprinsteen...Born in the USA

だった。当時は2800円もするレコードを脇に抱えては家のオーディオシステムで聞いていた。

80年代というのは歌とプロモーションビデオの関係が重要視され、耳だけでなく、眼にもアピールしなければ売れなくなった時代であった。マイケル・ジャクソンを初めとする視覚にうったえる歌は当時の主流だった。当時売れた人たちで、現在残っているのはほとんどいない。第一線で活躍しているといえるのはBruce Springsteen ぐらいだろう。

90年代は邦楽にも耳を傾けた。尾崎豊や長渕剛、浜田省吾などの音楽を良く聞いた。この頃洋楽にはあまり耳を傾けなかったように思う。

私が高校になった頃は尾崎豊は、麻薬で捕まったりして、音楽的才能にかげりが見え始めていた頃だ。長渕剛は音楽の方向性を模索し、ロックやフォークといった、独自の路線を打ち立てはじめていた。浜田省吾は落ち着いた中にも変化していく自分を真正面から捉える正直さがあった。

2001年私がアメリカに渡ったとき、ふとそこで出会った友達に渡してもらったCDRがあった。その中には彼が、聞いてほしいと思った曲が入っていた。最近、気がつくと当時彼にもらった音楽だけを聴いているような感じがする。それだけ彼のお勧めの音楽は密度が濃かったし、影響力もあった。

Matchbox Twenty
2 Pac
Eminem
Notorious BIG

といった歌手やラッパーのものだった。

これらは最初は気に入らなかったが、聞いているうちに好きになり、自分の好みになった。それから、あらゆるラッパーのものを聴いたのだが、結局、長く聞いていられるのは2Pac やNotorious BIGのもので、他のものは一過性の興味だった。

Eminemについてはせっかくの音楽的才能が開花する方向性を失っているように見える。彼の才能が発揮されたのは2作目のアルバムあたりで、あとはどんどん落下するばかりだ。怒りや憤りを動機にして書いてきた歌が、金銭的に裕福になることによって、動機がなくなってしまった。最近に見られる家族などをテーマにしたシリアスな方向に行けば、新境地が開けるかもしれないが、ふざけすぎてそういう方向へは持っていくことはできないように感じている。惜しい限りだ。

最近、よく聞いているのは、Matchbox Twenty。ボーカリストはRob Thomas と言って、ソロでも活躍している。CDをもらった頃は、それほど有名ではなかったのだが、今は、当時よりも人気が出ているようだ。搾り出すような声とハスキーさが混じったようなRob Thomas の歌い方と、Matchbox Twentyとしての歌詞作りには天才的なものを感じている。
気になる人はMatchbox Twenty のMore than you think you areを聞いてみてほしい。

同様の路線では、Counting Crows (August and Everything After)や、Goo Goo Dolls (Gutterflower)、Lifehouse( Lifehouse)があるだろう。

最後に、最近は売れてはいないが、Jackson Browneなども70年代から世界中の歌手に影響を与えた人としてぜひ一度は聞いてほしい。
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by kudo_koji_blog | 2007-05-28 23:47 | おすすめ

Rocky Balboa ロッキー・ザ・ファイナル

ロッキー最新作を久しぶりに観た。ロッキーシリーズとしては6作目なのだが、私の中では一番良かった作品として映った。いや、映画としての作りや描写など、問題は残るのだろうが、映画が持つメッセージとしては貴重なものがあった。

映画の中で、ロッキーが息子に向かい次のように言うシーンがある。・・・「この世界は太陽の光でも、虹のようでもない。そこは卑しく汚いところさ。どんなに人がタフなやつでも、ひざまずくまで打ちのめされ、自分でそれを止めさせないと永遠にやられてしまう・・・人生っていうのはどれだけ打ちのめすのかが問題ではなく、どれだけ打ちのめされても前に進み続けるかなんだ。どれだけ得て、前に進めるかだ。そうやって勝っていくんだ・・・自分が価値あると思うのなら、喜んで打たれに行くことだ。失敗するのを彼や彼女のせいにして批判するんじゃない。それは臆病者がやることだ。そんなことをするのはお前じゃない。お前はもっとできるはずさ」

残念ながら、世界は平等にはできていない。神は少なくともそういうようにはこの世界を造らなかったようだ。だが、問題があったとき、二種類の人間に分かれる。他人や環境のせいにして、そこで挑戦をやめてしまうか、それでも挑戦していくか、だ。

失敗して絶望の淵に一度でも立ったことのある人間なら、このメッセージの意味が分かるはずだ。映画としてもお勧めであるし、一人の俳優のメッセージとして考えてみても面白いのではないだろうか。

ある意味で、ロッキーが第一作でアカデミー賞を取ったのだが、その原点に一番近い作品だったとも言える。そして、これが本当の意味で、このシリーズが最終作になり、完結したといえるだろう。その監督・俳優のスタローンからの真のメッセージは「俺はまだまだ前進するぞ」ということではなかったか。

蛇足であるが、映画の中で、試合が終わった時に、ロッキーが勝敗の結果を聞くのを待たずに満足気にリングを降りるシーンにとても感動した自分がいた。勝敗に価値をおかず、大切なのはプロセスだ、と言っているようにも感じられた。
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by kudo_koji_blog | 2007-05-23 02:21 | おすすめ

資格試験と実力の違いについて

仕事を探していたら、ひとつ不思議なことに気がついた。英語の資格が要求されているところが多いということ。海外で学位を得ても、海外で教鞭をとっても、そこに例外規定など存在しない。皆受けなければならない、という。不思議なことだ。

私の感情としては、「私のコミュニケーション能力など、紙っきれで分かるわけがない!」というものがある。そして、それは当たっているだろう。コミュニケーションは生きた人間が、言葉だけに頼らずあらゆる手段をつかって、意思疎通を図るものだ、それが分かっていれば、言語に限定して、紙の上のリーディングやヒアリングとは次元が違うのに気づいてもらえるだろう。

だが、もちろん資格の効用というのは多いにあると思っている。自分の実力判定の基準のひとつとすることだ。たとえば、英語学習を始めて、2~3年した人が、TOEICを受けてみる。英検3級を受けてみる、といった類のものだ。それは自分の動機付けにもなるし、実力判定のひとつとして、トライしてみるのも悪くはない。いや、初級、中級者にはぜひトライしてほしい、とさえ思っている。

資格試験の問題点は、評価基準、そしてそれに対しての実力がずれていることにある。だから、点数と実力は比例しない。具体的にはTOEIC900点とっても、友達さえ作れない人間はごまんといるだろう。

実力というのは現実にコミュニケーションしてみなければわからない。相手と話をして、1時間でどれだけのインパクトを相手に残せるのか、この人間ともう一度会ってみたい、と思わせるのか、そういう点は試験では分からない。さらには、1ヶ月もしたら、親友と呼ばれるほどの信頼感や実力、知性が必要となるだろう。

そんなことを考えて、戸惑っていたら、友人が「馬鹿相手に馬鹿になってみたら」とアドバイスをくれた。私はその妥当な表現に思わずうなってしまった。「馬鹿」とは資格がすべてだと思っている人たちのことだ。まあ、どうなるかはわからないが、私が語学の資格試験を受けることになるかもしれない。
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by kudo_koji_blog | 2007-05-20 16:06 | 英語

工藤浩司銃撃される!?

先日、レスターの家の近くを歩いていたら、銃撃された。とは言っても、本物の銃ではなく、水鉄砲でのものなので実害はほとんどない。

信号待ちをしていて、顔に水がかかったなと思ったら、目の前に白人の人たちの車が止まり、私をめがけて、水鉄砲で撃っていて、そのまま、奇声を発しつつ、車で逃げられた。

追いかける暇もなく、私は水だらけになってしまった。もし車が止まっていたら、車に何人いたとしても、私は、追いかけて引きずり出して復讐したのだろうが、その時間もなく、車は走って行った。

こんなことはイギリスでは驚くことではないのだが、そこで自分で感じたことを書きたい。

私は思った。これが本物だったら、死んでいたな、と。しかも、実際に打たれて水がかかるまで、気がつかなかった。武道家としては死んだも同然なので、失格だと感じている。少なくとも、予測ぐらいはできたのではないか、と思う。安全な場所だったので、気が緩んでいたとも言えるが、それはいいわけにはならないだろう。

忙しさにかまけて、最近はウエイトトレーニングだけになっていたので、夏が来たら、また格闘技を学びその感覚を養いたい。格闘技をやれば、そういった感覚が養われるというのは希望にしかすぎないのだが、真剣に打ち込めば何かがつかめるのではないか、と感じているし、やらないよりはやったほうより感覚がつかめるだろう。
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by kudo_koji_blog | 2007-05-18 18:06 | スポーツと武道

一時帰国のお知らせ

所用で、6月の末か、7月の上旬に一時帰国することになりました。一度、イギリスでのアパートを引き払うことも考えています。

移動で大変なのは本や論文です。すべて運んだら、ダンボール10箱は超えてしまうので、日本で買うことができるような日本語の本などはほとんど捨て、論文などを中心に日本に送付する予定です。これでも、キプロスに行くときは数百冊本を捨てたのですが、また、たまってしまいました。

飛行機の中に持ち込めるのはヨーロッパ便のエコノミーでは20キロ強が限度なので、服などはほとんど捨てて、目的地で購入するようにして、移動するのが、結局、海外移動のコツです。本や論文などで緊急に必要なものはスーツケースにいれ、あとは、国際便で送るのがいいと思っています。

また、状況に変化があるかもしれませんが、その際はまた情報をアップデートしたいと思っています。
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by kudo_koji_blog | 2007-05-14 18:32 | 最新ニュース