工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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<   2006年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧


ミロシェビッチ元大統領の死亡について

旧ユーゴスラビアの元ミロシェビッチ大統領が獄中で死亡した。国際法を知るものにとっては大きなニュースだ。

なぜなら、ミロシェビッチ元大統領は旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所で訴追され、裁判が進行中だったからだ。ミロシェビッチは紛争中に、大量虐殺への関与が理由で66の罪に問われていた。裁判が始まって三年。もうすぐ判決が下りるはずだったのに、結局は、被告の死亡によって公訴が棄却され、裁判は中止となってしまった。

彼の死亡は、「心筋梗塞」と発表されているが、未だ、毒殺説も消えていない。なぜなら体内から、不信な物質も検出されているからだ。ロシアから医師団がかけつけ、さらに調べるとのことだから、詳しくは医師団の発表を待たねばならないだろう。

伝統的な国際法の立場では国家元首というのは訴追されないのが一般だった。国の主権の延長として理解され、裁判を免れていたのが20世紀初頭まで。20世紀半ば以降の国際法では国家元首たりとも国際裁判の訴追を免れないというのが一致した意見である。そういう意味では元大統領の訴追は大きな意味を持つものであった。

また、指導者の立場の責任を重く追及するというのも、新しい国際法の立場である。知っているべきだったのに、あるいは、止めるべきだったのに、有効な手段をとらなかった、というのは立派な犯罪行為として理解されている。

旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所では最悪、死刑はない。日本などの刑罰に照らしてはかなり軽くなる。国際社会では死刑反対が大半を占めるので、妥協として決まった刑罰が期限つき終身刑だった。

刑罰を受けるはずのミロシェビッチが突然の死ということで、裁判を免れてしまったのはなんとも皮肉な運命だ。裁判を受けても終身刑のはずだったのだが、それを待たずに突然死。国際法に携わるものとしては、ショックを隠せない。
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by kudo_koji_blog | 2006-03-23 20:24 | 国際

研究は環境で決まる!

先日、数ヶ月ぶりにレスターに戻った。所用で一週間ほどの休日だったが、大学に顔を出したり、私の監督者に挨拶をしたりして気づいたことがある。レスター大学では研究をする環境であり、その雰囲気に包まれているということだ。

図書館にいけば生徒がいて、論文や本の一部を列に並びながらそれぞれコピーしている。大学の中では教授がいて、研究の話をしている。教授たちが、研究のために半年休んだりするのはザラだ。そんな図書館や大学を歩き回ってふと気づいたら、その雰囲気を懐かしがっている自分がいた。

教授は教えるだけの仕事に終わらず研究しようとする。研究こそ大学での仕事になるとも言える。逆に、大学で教えているだけの人を「奴隷」と呼ぶ人もいる。教えることだけを大学に強制され、研究する時間を与えられないからだ。そういう人は一生そういう環境から抜け出せなくなる。出版経験がないから、他の大学からは声がかからない。教えて忙しいから出版できない。悪循環である。

生徒は単位だけを目的をするのではなく、そこで何かを学ぼうとする。それなりに仲間もいて、そこで切磋琢磨できる環境がある。

研究をするというのは、環境が大きい。研究をしている教授がいて、仲間がいて、それを可能にする設備がある。これがよい大学ということなのだろう。ほんの数ヶ月前まで住んでいた環境なのに、忘れかけている自分に驚いた。
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by kudo_koji_blog | 2006-03-09 17:37 | 社会

夢を誓った仲間たちは・・・

先日、ワシントン大学の卒業生の一人と連絡をとった。

彼はイラン出身で、国際法を愛している男だった。イランというどちらかといえば文化の色濃い国からきたものだから、礼儀ただしくしっかりとした男だった。自由できままなアメリカ人とは対照的に見えたものだ。日本人のグループからはずれて行動していた私とは、よく国際法の話をした。当事は将来のことばかり何時間も友人と話していた。彼も私も「将来何をしたいか?」と言えば、かならず「国際法を教えたい」と答えていたものだ。

 彼は、もともとイランで修士課程まで終わっていたのに、ワシントンでさらに修士号をとり、卒業後、ワシントン大学の法学プログラム(Juris Doctor)に編入、弁護士を彼は目指した。そんな彼と久しぶりに連絡したとき、彼は興奮していた。「やっと国連でリーガル・オフィサーとして働ける。アフガニスタンの復興を国際法という僕らの大好きな分野でできるんだ」

 卒業して、4年。彼はアフガニスタンに、私はキプロスにいる。お互いやっていることも、状況も違うのかもしれないが、私はうれしかった。

 「あいつはどうしているか?」「あの男は今何をしているのだろうか?」そんな感じに、ふと、気になる人間がいる。たった一瞬しかあっていないはずなのに、ずっと心に残る人間もいる。そういう人とはぜひ連絡をとってみてほしい。思わぬうれしいニュースが待っているかもしれない。
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by kudo_koji_blog | 2006-03-06 22:33 | 人生

覚悟のある人間、心の定まった人間

イスラム教と違って、仏教はその宗派ごとに仏典がある。イスラム教はアラビア語のコーランを否定してはイスラム教足りえない。翻訳してしまえばもう聖典という価値はなく、解釈本としての位置しか与えられない。だが、仏教に関してはそのようなルールはなく、他の仏典を否定しても仏教は仏教として存在しうる。一説によると6000巻もあるという。

今回は仏典を求め海外を渡った僧に焦点を当ててみたい。

中国では唐とよばれた時代に、かなりの数の僧が中央アジアやインド方面に渡っているという。

足立喜六博士によると、義浄三蔵が、ある一定の時期に海外に渡った僧の数は65人に上るという。そのうち、目的地まで到着できたものは40名。さらに到着できて、帰路についたのは5名のみという。結果としては7%ほどになる。

法顕に関しては、64歳に出発して、帰国したのは78歳のとき。しかも、他の11名はみな死亡か途中帰国あるいは残留という。

久保幹夫氏は玄奘についてこう記している。

「私は彼を思えば、まず燃えるような釈尊への憧憬と、その反面のリアリズムを感ずる。事実、私はシルクロードを旅しながら、とてもとても憧れやロマンでは一日たりとも、あの食うや食わずのたびなどできない現実を思い知らされることになった。リアリストでなければ、あの時代に、あの命をさらすような大旅行はできないだろう。ロマンチストはあの荒涼たる、先を見通すこともできない茫々たる原野の前にたじろがざるを得ない」

ロマンチストは弱いということなのか、私にはわからない。ロマンチストでも理想を強く持つ人間と理想をもっても何もしない人間もいる。玄奘がリアリストであれば、何を思い、旅をしたのだろうか。理想と現実が同居しているだけでは理解できない気がする。

この時代の僧というのは死と隣り合わせに生きている侍のようだ。仏典を得るために死ととなりあわせの旅に出るのだから、その覚悟ははかりしれない。しかも、現実には食うや食わずの日々を過ごす。そこには行ったものにしかわからない苦悩の日々が待っている。ついやした時間は17年である。

帰国後、玄奘は皇帝の誘いや政治家としての破格の対応にも心を動かさず、一心不乱に仏典の翻訳に残りの人生を注いだという。心が定まっていたのである。

海外に行くということがあまりに安全になり、外国が近くなりすぎた現在では考えもしないことだ。一昔前までは高額で、支払えなかったはずの航空チケットも手軽に支払える額になってきた。普通の人が、1ヶ月の給料の半分ぐらいを割り当てるだけで、チケットが買えるようになった。

逆に、どこの国からも覚悟のある人間、心の定まった人間をみることが、少なくなった。使命ということも聞かなくなった。日々生きるということが当たり前になり、その意義を考えることもなくなった。お金が最大の目的になり、それ以外のものは価値たりえなくなってしまった。

私の友人が昔私にこう言ったことがある。「もし、自分がひとつとなりの北朝鮮に生まれていたら・・・と考えないのですか? そこに何か意義があり、使命があるのです」。自分が、なぜここにいるのか、なぜ、このように恵まれているのか、が実感できれば、その意義が見つかるかもしれない。

今一度、自分の生き方や使命というのを考えてみてはどうだろうか。


参考「『シルクロードの旅から 久保幹夫』学校開放講座紀要、埼玉県春日部高等学校。平成6年度」
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by kudo_koji_blog | 2006-03-01 17:00 | 人生