工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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≪PROFILE≫
工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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<   2006年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧


負けの構造

世の中、勝とうとする人間はいくらでもいるが、負けようとする人間はまずいない。だから、勝つための法則は知ろうとするが負けるための法則は注目されることはあまりない。だが、勝つということを目的とするのに、負けることに注意を向けないというのはいかにも理想主義的で私は好まない。なぜなら、どういうことをすればよいか、ということと同時にどういうことを避ければよいのか、を知る必要があるからだ。孫子の言う「敵を知り己をしれば百戦危うからず」もこのような次元で意味を考えてみると、意外に面白い。負けるにはそれなりの理由がある、という一定の哲学に基づいて物事を推し進めたいと考えている。
 
「勝つのは偶然で負けは必然」という言い方がある。私はこの言葉が好きだ。そこにはどこまでも現実的な人間への洞察がある。

先日、ナショナル・ジオグラフィックを見ていてとても面白いプログラムに出会った。熟練のコブラの蛇使いがなぜコブラにかまれてしまうのか、というものだった。タイで有名なコブラの蛇使いが、蛇に噛まれ、そのまま息を引き取ってしまった。本人は今まで何度もコブラに噛まれたことはあるので、身体に免疫をもっていると思っていたらしい。噛まれたときは特定の葉を傷口にすり込み、アルコールを飲んだりして、確かに大丈夫だったという。

そこで何が面白いか、というと、ナショナル・ジオグラフィックはその番組を見て、分析をするわけである。なぜ、噛まれたのか。理由は蛇の脱皮直後の時期にあたったということ。蛇は脱皮の時期はかなり不安定になるので、そのようなときはどのような熟練の蛇使いも、信頼関係は築けなくなるという。また、温度もそのひとつ。変温動物の蛇は極端な温度を嫌う。安定した温度の中で、やっていれば蛇も安定した感情を保っていられるわけである。変温、そして、脱皮の直後、そのような事実がかさなって起きた悲劇なのである。

では、なぜ、今まで噛まれて大丈夫だったのか。それはただ単に偶然なようだ。噛まれても、毒が入らないこともある。それまではそういう幸運に恵まれただけだった。だから、効果のない葉でもアルコールでも、結果として生き延びられたということだ。だが、生き残った蛇使いは、それが効果があると思い込んでしまった。そこに彼の敗因がある。

ここに負けが必然で、勝ちは偶然という意味が隠されていると思う。

最近、私の指導する生徒の行動を見ていてある一定のよくない傾向があるのに気づいた。期限までに論文を書くことに失敗する人間は以下のようなものだ。

① 自分では読むけど書かない
② 指導者と会う機会をあまり取らない
③ 書いているレベルを理解していない、しようとしない
④ 準備はするけどいつまでも書かない

だから、論文をうまく書こうと思ったら、逆のことをすればよい。

① 読んだら必ず書く
② 指導者と会う機会をできるだけもうける
③ 書いているレベルを理解する。そのための環境をつくる。
④ 準備はそこそこですぐに書き始める

「勝つ」「成功する」ということを目指して、努力する人は多い。だが、逆のことまで気を配っているだろうか。逆を研究し、それを避けるというのは現実主義者の知恵である。平和を追求するには戦争を研究しなければならない、と悟っている西洋。平和を追求するには平和ということを願えばよい、と考える日本。どちらが、目標を達せられるだろうか。自分たちは逆のことをしてはいないだろうか。気がついたら逆のことをしている自分に気づくのは早ければ早いほうがよい。
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by kudo_koji_blog | 2006-01-23 22:49 | 人生

英字新聞のススメ 

キプロス島に住んでからひとつ困ったことがある。自分の情報感覚が完全に世間と孤立してしまっている。主要な新聞の言語はトルコ語である。国際的に有名な英字新聞は高額すぎて買えない。イギリス系の新聞は1紙で700円前後にまで跳ね上がる。テレビもトルコ語のものだけなので、本当に国際情勢が分からなくなってしまっていた。

ひとつだけ良かったことは、経済力が未熟なせいで、エコノミストやタイムなどの週刊誌が400円ほどで買えるということだ。日本の半額ほどの値段になる。

私も初めはこれで満足していた。週一回400円ほどの投資でいいからだ。が、気がついてみると、多くの記事をカバーしていないし、読むのに時間がかかる。結局、いちどずれてしまった国際感覚はなかなか取り戻せないでいた。洗練されたエッセイよりも、現実社会の出来事をできるだけ多く、すぐに知りたい・・・それが私の意識である。

私が始めたのは2つ。1つは、Turkish Daily News( www.turkishdailynews.com.tr ) という英字新聞を購読すること。1紙で、120円ほどだから、1週間で840円ですむ。この新聞はトルコ系の新聞にしては、悪くない。言論の自由が完全に確立されていないトルコやキプロスの新聞はかなり政治的に影響を受けるし、批判的態度はあまりない。たしかにTurkish Daily Newsに関してはイギリス系の新聞などには目おとりするが、トルコのことだけでなく、いろいろな分野のものがあって、記事総量という意味では、なんとかエコノミストの代わりになりそうだ。国際面なども2~3ページカバーしていて、時間がないときにざっと目を通すのにちょうどいい。

2つ目は英国タイムズやガーディアンなどのイギリス系のウエブを毎日ざっと目を通すことだ。紙で実際に目にすることにはかなわないが、時間的に一番早くニュースを知れるし、どこにいても見れるという点でよい。全体的な国際センスのアップにはこれがいい。アメリカ系の新聞のサイトでも構わない。
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by kudo_koji_blog | 2006-01-06 15:59 | おすすめ

学者とは何か?

学問を追及していると、いつも気になることがある。学者とは何か、ということだ。本を書けば学者になるのか。そうではないだろう。その目的や態度如何によるだろう。

私は今、キプロス島にあるギルネ・アメリカン大学のフルタイムの教員である。上級講師という地位を得て、毎日講義する。ではそれで学者として十分かといえばそうではないというのが私の答えである。発信する相手が生徒だけでは学者と呼ばれるのには不十分だ。教えるだけでは自分の世界を広げられないのが現実である。大学教員であれば学者であるかといえば、そうでもないというのが私の答えなのだ。

私にとって、学者とは生き方そのものである。学ぶために生き、常に学問にたずさわり、それを生涯の目的とする。学問が生き方になりきっていなければ、それは趣味という。趣味であれば気が向いたときにやってもいい。だが、生き方であればそういうわけにはいかない。

通常の趣味と学者の違いは何か。どんなときにでも、学問を一番に考える姿勢・態度が一貫しているか、それが根本哲学となっていなければ学者とはならない。どんな問題が起こっても、失敗や無謀な挑戦であっても、学問をとらなければならない。それが学者だ。

目の前の問題が大きければ大きいほど、自分が感情的な反応をしていることに気づく。だが、そこで大切なことは何か、ということに気づかなければ、自分の生き方にマイナスになることを自ら選ぶことになる。一時の感情に流されて、生きる本質を見失うほど無意味なことはないだろう。
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by kudo_koji_blog | 2006-01-03 16:40 | 人生