工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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≪PROFILE≫
工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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<   2005年 11月 ( 9 )   > この月の画像一覧


卑しい行為について No.2

先日ひょんなことから、その蜂蜜をJさんから味見させてもらった。それがまたうまい。天然物は匂いはきついが、色が濃く、どろっとしているようだ。そこで、その感想を無料で1瓶もらったJさんに言ったところ、「また、Oさんから貰うよ」ということだった。私はこみ上げる吐き気を抑えることができなかった。「利用できそうなところはとことん利用するのか?」「もらえるものは送り手の本心もごまかしてさえ貰うのか?」そんなことを考えながら、私はやるせない気持ちになった。

 片手間でやっている仕事ならともかく、その人の本職に対しては敬意を払っても過ぎることはない。

たとえば、医者で仕事をしている人に無料で見てもらうことほど、大変なことはない。私の知人の治療師は無料で何人か治療したことがあるそうだが、結局、うまくいかなくなるらしい。「好意」のはずがやがて「当たり前」にそのうちにやらなければならないという「義務」に転換してくるらしい。

弁護士や議論などの講師にも同じようなことが起きる。無料で「診断」や「分析」をしてもらい、それが「当たり前」のような感覚でお礼も言わない。親友だったらそれで良いが、そうでもないような関係でそれが起きる。それは利用されているといってもいいのではないか。

お金だけの問題のように見えるのだが、重要なのはプロの仕事に対する敬意である。お金はそれへの対価ということになる。だから、本質的にはお金を払わずとも敬意を払うということもまれにあるだろう。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-30 22:28 | 人生

卑しい行為について No.1

最近、キプロスで人間の卑しさを考えるきっかけになった出来事があった。自分の少し親しいOさんが蜂蜜をつくっているのだが、知り合いJがたまたまOさんの前で、蜂蜜のことを話題にした。「ちょっとみてみたい」という知り合いJの申し出にOさんは自分のところで作っている蜂蜜を1 瓶持ってきた。「すごいねえ」なんて言いながら、Jは「ありがとう」とそのまま貰ってしまった。Oさんはなんだか言いたそうにしていたが、何も言わなかった。

横で見ている私は妙な違和感を覚えざるを得なかった。私であれば、「これいくらぐらいするんですか?」「いくらぐらい払えばいいんですか?」などと言って、Oさんの意図を確かめる。「無料」なのか、「販売」なのか。だが、私にしてみればOさんの表情からどうも「無料」だとは思えなかったのだ。「無料」だったら、私にも持ってくるだろうということが予想されたからだ。私のほうがより親しいと言える間がらだったからだ。だが、もってきたのは1つのみ。Oさんの口から「あげる」とか「たべてみて」という言葉は聞かれずに時が過ぎることになった。明らかにただ商品を見せたい、という意図だったのだろう。

OさんはJさんとだけではなく、私ともよく知る間柄だった。友人というほど親しくはないので、なんでも「無料」というわけにはいかない。それが親しき仲にも礼儀あり、ということだろう。

しかも、実は私もJさんも一方的にOさんに助けてもらっているというほどの仲なのである。Oさんは人がいい。私は何かできることがあればと思っていた。日本からキプロス再入国したとき、日本からOさんにはプレゼントを買ったぐらいなのである。だから、今も、どうせ買うなら、彼から蜂蜜の2~3瓶は買ってあげてもいいかという気持ちである。Jさんもお世話になっているのだから、蜂蜜の一瓶ぐらい買ってあげればよかったのに・・・と思っている。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-29 17:23 | 人生

北キプロスとは No.6

キプロスの場所は美しい。地中海に面した海はエメラルドグリーン。美しい魚や亀などが生息すると言われる。海は毎日色を変える。天気がよい日はエメラルドグリーン。悪い日はどんよりとしたにごった水色のような色になる。寒い日は紺色に見える。私がいる場所は見渡す限り、水平線である。毎日水平線をみている人間の目は自然とやさしさに満ちてくる。毎日そんなにいそがなくてもいいかな、という気分になる。毎日パソコンなど近いものしかみていないと、人間の中でどこか、おかしな部分ができてくるような感じを受ける。私もそういう人間だったのだろう。

空気はうまいか、というと実はそうでもない部分もある。市内のほうに行けば、車どおりが激しい。しかも、20年も30年も使ったと思われるようなトラックなどが70キロなどのスピードで走っているのだから、排気ガスは非常に汚れているし、空気は最悪だ。だから、ここ北キプロスに住むのなら、ちょっと街中から離れた田舎がいい。田舎の空気はいい。隣の家に行くのは200メートル以上も歩かなければないというような状況である。

キプロスの美しさはあと10年ほどだろう。たくさんの旅行者やマナーがなっていない現地の人たちには閉口してしまう。タバコの吸殻など道端に捨てるのはほとんど「常識」のレベルのようだ。たくさんの粗大ごみも田舎にいけばそのまま捨てられたままだ。ぼろぼろになった車が道端に転がっている。捨てられたゴミは回収はされるが、それ以外の場合は掃除されていないように見える。国がそういうものをシステムとして整備していかなければキプロスの美しさは10年で終わってしまうだろう。

キプロスでは水は飲める。トルコなどでのガイドブックでは大都市では水は飲まないほうがいい、ということになっているが、ギルネに関しては飲める。都市であるレフコシャに行けば飲まないほうがいいかもしれない。

キプロスでは停電が2日に一度ぐらい起きる。電気の許容量が少ないからだと聞いたことがあるが、旅行者がいなくなる冬にはさらに増えるらしい。嵐や雨の影響ですぐに停電になり、3時間は何もできなくなる。家にはロウソクやランタン(手提げランプ)が常備されることになる。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-25 19:20 | 北キプロス紀行

北キプロスとは No.5

キプロスで注目することのひとつに食べ物がある。旅行者向けの場所だけあって、食べ物はうまい。値段が高いといっても、せいぜい1200~2000円も払えば食べ物や飲み物が好きなだけ食べられるだろう。地元の薄汚いケバブ屋などを探せれば、一食300円ほどでうまい食事ができる。トルコ系のケバブやドナーはイギリスでのものと比べ数段違う。

海外へ出て食事がうまい、と感じたのは初めてだ。アメリカのときもイギリスのときもうまいと思えなかった。時折、アメリカ風中華料理や、イギリス風中華料理を食べるぐらいで腹をごまかすのが関の山だった。

私の住むギルネは観光地。そこにある港にはたくさんのレストランが集まる。ここは観光者向け。だから、一人2000~3000円は覚悟しなければならないが、先進国から来る人にはそこそこの値段としか写らないので、いつも旅行者でにぎわっている。

一度だけ港のレストランをためしてみたことがある。礼儀正しいマナーと片言の英語が妙に楽しい。頼んだ料理はラムのステーキ。ラムをローストしたような塊と野菜にポテト。それにパンのメニューだ。けっこううまい。量的には普通の日本人男性であれば食べきれないだろう。日本であれば4000円以上だしても悪くはないと思うほどだ。

イスラム系の場所でラムがうまいのは血を抜いてからさばくからだという。血を抜いて祈るのは宗教的儀式のためなのだが、ここでは祈られているのかははなはだ疑問である。やわらかくて、臭みのないラムが食べられるというほど幸せなことはない。

食べ物すべてが新鮮かというとそうでもない。結局、天候が厳しい島国だから作物がほとんど育たない。だから、ほとんど輸入に頼る。しかも、輸入の相手はトルコのみ。そんな状況だから、野菜や肉など新鮮な良質のものを探すのには一苦労するのは付け加えておきたい。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-24 22:32 | 北キプロス紀行

北キプロスとは No.4

キプロスでの天候はある意味で厳しい。夏は40度を越えるほどになるし、冬は平均10度ぐらいまで下がる。夏のいい点は木陰に入れば心地が良いほど涼しいということだ。木陰で本でも読みながら紅茶を飲んだりするのも楽しいものだ。

冬は海風の影響を受けるし、高い建物がそれほどないので、冬は実際にはかなり寒くなる。建物も日本のようにつくりは良くないので、隙間だらけだ。風と雨続きの冬では、ストーブがないと実際は暮らせないだろう。

キプロスの気候は砂漠の気候だ。夏にはほとんど雨が降らない。夏から秋にかけては1月に一度ぐらい雨が降る程度。草木は枯れ、あまり雨が降らなくても生きれる植物だけが残る。冬は一転して、雨。11月から1月の3ヶ月間はほぼ毎日が雨になるという。

だからここを訪れる旅行者は春から秋の間を目指してやってくる。若年の人たちは、太陽が照りつける夏を、中高年の人たちは少々暑さがひいた秋を選ぶ。いずれにしても、イギリスのようなじめじめした気候に比べれば、ここの天候は天国のように写るのだろう。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-22 18:41 | 北キプロス紀行

北キプロスとは No.3

キプロスの通貨は三つほどある。イギリスのポンド。アメリカのドル。トルコのリラ。大きな買い物であればどれでも通じるが実際にはトルコリラをもっていたほうが小さな買い物などには便利である。ただし、100万リラが80円ほどだから、金銭感覚がつかめないと大変である。2005年1月から、デノミが行われ、100万リラは新1リラとなり、新紙幣が発行されている。だが、現在は両方が出回っているので、それも旅行者が理解するにはやっかいな問題になるだろう。

通貨というのは価値だけが勝負ではなく、政治力や歴史がものを言う。日本のGDPのほうがイギリスより上なはずなのに、これほどイギリスのポンドが通用するのを見ると、現地人によるイギリスやアメリカへの信頼があるのがわかってくる。通貨など、価値だけでははかれないものだ、ということをまざまざと見せ付けられる感じだ。

もちろん、旅行者がイギリス人が多いという裏の事情もあるので、要注意だ。日本人その他のアジア人はなきに等しい。

日本の円もデノミなどをして分かりやすくしたほうがいいのかもしれない。100円=1新日本円ぐらいにしておいたほうが分かりやすい。ドルやポンドはセントやペンスという単位をつかってこまかなお金は別の単位にしている。一緒にしている、円はわかりずらい。イギリスで50ポンドといえば結構なお金だが、外国人には1000円も10000円も同じようにしか見えないのかもしれない。

キプロスでもっとも気をつけること。交通である。交通ルールはないに等しいので、車のスピードは80キロ~90キロが普通だ。歩道などの整備が遅れているので、道を歩いていると本当に怖い。何度か信号機をつかってみたが、車が止まってくれないので驚いた。

交差点の中央にあるロータリー(traffic circle/円形の場所)に沿って車は方向を変えたりするので、信号機はほとんどないし、あっても誰も見ていない。結局は、自分で車の流れをみて、横断するしかない。

歩行者をみると予想より止まってくれる車が多いのには驚かされる。女性であれば止まってくれる率も倍増するのは言うまでもない。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-14 18:33 | 北キプロス紀行

北キプロスとは No.2

北キプロスの生活はいたって平和である。現地に行く前は過度に注意してみたが、通常生活する分には実際には何の心配もいらない。気さくでフレンドリーなキプロスの人間たちは、コミュニケーションをとっていて、心地よい。むしろ、最近の日本の大都市のほうが、安全には気を使うだろう。

イスラム教の影響なのか、女性は特にやさしく扱われる。女性があとから満員のバスにのってきたとしても、ほぼ確実に席をゆずってもらえる。毎回チェックしてみたが、例外なくそうであった。これは、ある意味で、不平等なのだ。平等であれば何も無理して自分の席をゆずる必要はあるまい。男女平等の観念をある程度理解していれば、どうも違和感を感じざるを得ない部分であるかもしれない。

問題は政治的な緊張だ。生活している分にはそれはまったく感じられない。南と北の間には国連軍が入り、「グリーン・ライン」と呼ばれる地帯をつくり、自由に行き来ができないようになっている。北から南に入っていけるのはキプロス人とヨーロッパ人だけというのが現状だ。私のようなものが入っていけば、南では違法という取り扱いを受けることになる。

私がいるのは北キプロスのギルネという都市。小さな観光地だ。観光地が生きていくには人にやさしくなければならない。産業と言えるものなど何もないこの場所では、観光で生きていくしか、望みはないと言える。だから、たくさんの人がホテルやレストランなどのサービス産業を営んでいる。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-10 22:27 | 北キプロス紀行

北キプロスとは No.1

キプロスといえばキプロス共和国をイメージする人は多いが、私がいるのは北キプロス。キプロス共和国の上にある「北キプロストルコ共和国」のことだ。ここは国なのか、トルコの一部なのか、分からない。トルコだけが「国」と承認しているだけの場所だ。

ほかの国と同様、日本ももちろん北キプロスを承認していない。だから、大使館などはない。ここでトラブルに会っても、日本からは何の援助もしてもらえないことになる。日本の大使館などできることは限られているのだから、大使館の不在は、私にとってはさほど大きな意味はもたない。ただ、現地に赴く人たちの家族は心配してしまうのは仕方のないことかもしれない。

トルコの「占領」により1983年から北キプロスという国になっているが、現実には2万とも3万ともいわれるトルコ軍はなくてはならない存在になっている。トルコ軍に対する反感などはなく、逆に、「トルコ軍が来てから生活が良くなった」などということを話すキプロス人もいる。8割以上がトルコ系と言われる人種構成なのだから、トルコへの反感は感じられなくて当然なのかもしれない。

私の住むギルネという市にはトルコ軍隊が始めてキプロスに訪れたという場所がある。そこはきれいに整備され、記念碑が立ち、ちょっとした観光地になっている。

北キプロスの旗はトルコの旗と色違い。形はまったく同様だ。トルコの旗と北キプロスの旗は一緒に飾られることがよくあるのだが、そのあたりをみると、十分な国としてなりきっていないという感じは、そういうところから感じられる。

また、ギリシャ人によるキプロス人の虐殺など、通常のニュースでは知ることのできない出来事もあったらしい。南には南の理由があるのだろうが、国際政治は両方の言い分を聞いて見なければ分からないという典型的な例であると思う。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-10 22:25 | 北キプロス紀行

キプロスに戻りました

親友の結婚式に出席するために日本に帰国し、先日キプロスに戻りました。結婚式はささやかなもので、とてもよかったです。親しいものだけを呼ぶスタイルは楽しいものです。

不便だった、キプロスの生活は離れてみると、恋しいものです。家のすぐ後ろが地中海。電話線などありません。2日に一度は停電になる。そんな生活が恋しい。そういう感情が芽生えてきました。逆に、1時間ごとにインターネットをみなければならないような大都市の生活はどこか病的なところがあるということも発見しました。
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by kudo_koji_blog | 2005-11-09 23:03 | 最新ニュース