工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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≪PROFILE≫
工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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<   2005年 08月 ( 9 )   > この月の画像一覧


楽しむことの大切さ No.5

楽しむということ。一定の人たちには重要なことだということを主張してきた。
今回は儒教的視点から、学問を考えてみたい。

儒教といえばその筆頭には孔子があがる。孔子の現代語訳は「論語・岩波現代文庫・宮崎市定」が最もよい。専門家がわかりやすく、かつ、味わい深い訳をつけている。学問に関しては次のようなものもある。

「孔子曰く、生れつき道を知る者があれば、それは最上だ。勉強した上でそれを知る者が次に位する。行き当ってから必要を感じて勉強しだすのがまたその次だ。行き当たっても平気で、勉強しようともせぬのは最低だ」

「生れつき道を知る者があれば」、それがもっともすばらしい、という。ここは必要性とは関係ないのだから、楽しさを知る人というように理解してもいいのかもしれない。必要性というものを認識してから、勉強するというのは、もっとも理想の形ではないということでもある。現状では必要性から勉強するという人が多いのではないだろうか。

「子曰く、学問はたとえば、山を造るようなものだ。あと簣(もつこ)に一杯の土で出来上がるときでも、そこで止めたらその人の仕事は未完成のままだ。学問はまた地面の凹みを埋めるようなものだ。簣(もつこ)に一杯の土をほうりこんで埋めただけでも、一歩進めば、その人の一歩だけの進歩があったのだ」

簣というのは「もっこ」と言うが、昔使われた土を運ぶのに使った道具らしい。一度の運ぶ量も限られていて、運ぶのにある程度技術を要するという。多くの土を運ぶのには時間とそれなりの技術が必要だということだ。その地道な努力が学問にたとえられていて、面白い。

結局、気負いすぎて途中で止めてしまってはどんなにすばらしいものでも、意味がなくなるのではないだろうか。あと、一日、あと10分の努力でつかめるはずのものは、努力を止めてしまえばそれで終わりである。

これは学問に限らない。仕事、スポーツ、趣味。どんなものにも当てはまる。あと少しがんばるだけで、次のレベルに行けるかもしれない。その希望に胸を躍らせて、コツコツと毎日を過ごす。それが大切なのだと孔子は教えてくれる。
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by kudo_koji_blog | 2005-08-28 09:11 | 人生

ディベート研修

昨日、3日続いていたディベート研修を無事終了しました。3日も連続で行なう研修は受講生のほうにもかなりの負担だったと思います。できるだけ皆さんの負担にならないようにスケジュールを組んだつもりですが、まだまだ完璧とは程遠いものだったと感じています。どれだけ受講生に知識や技術を伝えられたのか、そこが勝負の分かれ目だと思っています。教える方もまた、精進しなければならないと感じました。台風にみまわれ、一時は続行不可能かとも思われた研修は無事に終了できました。
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by kudo_koji_blog | 2005-08-27 18:15 | 最新ニュース

研修が始まります

8月24日より3日間市役所でのディベート研修を行なうことになりました。管理職対象に質問力、計聴力、論理力をつけるためのトレーニングです。ひさしぶりのディベート研修で張り切っています。
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by kudo_koji_blog | 2005-08-23 21:31 | 最新ニュース

楽しむことの大切さ No.4

先日から、「楽しむ」ということについて、いろいろ考えてみた。「楽しむ」からこそ続けられる。「楽し」まないから、続かない。そんなことを考えながら、「楽しむ」ということが長く続けるための最高の形態ではないか、という感覚に行き当たっていた。

ところが、久しぶりにロバート・ケネディのスピーチを聞いた。それは義務感の塊だった。If you don’t do it, nobody is gonna do it. If educated people don’t do it, nobody gonna do it. (あなたがやらなければ、誰もやりません。教養ある人間がやらなければ誰もやりません)・・・Archimedes once said, ‘’show me where I stand. I can move the world.’’ So, we can. (アルキメデスはかつて言いました。私がいる場所を教えてください。世界を動かしてみましょう、と。だから、できるのです。)

ロバート・ケネディはジョン・F・ケネディ前大統領の弟で、弁護士という経歴から司法長官を歴任し、最後には大統領に立候補していた。途中で、暗殺されている。情熱的で、理想の塊のような男だった。

ロバートに「楽しむ」という感覚はなかったのかもしれない。「世界を変えてやる」という確固とした指針と自信。スピーチを聞いているとそれがふつふつと伝わってくる。

結局、我々は、自分のスタイルを探し当て、それをやっていけばよいだけなのかもしれない。「楽しむ」ということは孔子のいうように最高の形態なのかもしれないが、それが必要のないようなロバートのような現実には人間もいるということだ。自分を見て、足りない部分を修正していく。ロバートのような生き方ができる人間がいれば、だまって応援することしか、私にはできない。
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by kudo_koji_blog | 2005-08-20 07:57 | 人生

日本帰国しました

8月19日に日本に帰国しました。今回は研修や出版社とのミーティングなど忙しいスケジュールになりました。9月9日にイギリスに戻る予定です。日本の暑さに少々驚いています。
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by kudo_koji_blog | 2005-08-19 19:34 | 最新ニュース

楽しむことの大切さ No.3

日本人はどうしても義務感を感じてしまう。「それが世間のためになる」「やったほうが親孝行できる」「皆を見返してやる」などというような理由から「やらねば・・・」と考えるのは自然の成り行きだとも言える。

自分のやりたいこと、個性という感覚がなかなか見つけられない。それは日本人の傾向といってもいいだろう。集団のために個をなくすのを美徳と考えるからだ。気が付いたら自分のやりたいことがわからない、ということも珍しくはないだろう。

人と比べることもやっかいなものの一つだ。他人と比べることによって、人は喜びを感じ、ストレスを感じる生き物だ。比べることによって、「よい」「わるい」と判断基準を作るからだ。だが、必要以上に自分を刺激するものは避けたほうがいい。1日10の量をこなせるぐらいが自分のペースなのに無理して、20やってもいやになるだけである。満足して楽しめる量だったのに、そこを無理に超えてしまう。その辺の見極めが必要だろうと思う。

義務感を感じるということは決して悪いことではない。むしろすばらしいことだとも言える。一度しかない人生をやるべきことに捧げられる人などそうはいない。

だが、もし、そのような生き方が自分にあっていない、もしくは、しっくりとこない、さらには、それによって物事が突き進まないようになるのであれば、義務感から解放される必要があるのかもしれない。
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by kudo_koji_blog | 2005-08-14 16:25 | 人生

楽しむことの大切さ No.2

そこで、仕事であれ、スポーツであれ、勉強、やっていることを楽しむための方法を提示したい。

①達成感を感じることが必要。達成できそうなレベルでの小さな目標を設定し、達成する。結果が出なかったり、目標が追いつかず、あせりを感じている場合にはこれがいい。

②ポジティブな言葉を使う:楽しんでいるという言葉を使う。「やらねば」という言葉をなくす。また、やっていることを楽しめるような人間関係をつくる。楽しんでいる人とすすんでコンタクトをとる。

③成功したあとのイメージを意識せよ:楽しんでいるイメージ。そういうものを常に意識することもよいだろう。やっていることは確実に未来につながるという意識が必要。

④「こうなりたい」と自分が思う人の作品などを身近に置いておくのも一つの方法だろう。過度の意識すると、逆効果になるので、これは要注意の方法でもある。

⑤自分を褒める:とりわけ大切なのはこの点だ。誰も褒めてくれない場合は自分で自分にご褒美をあげるようにしよう。私は時おり好きなレストランで外食をして自分に褒美をやる、という方法をとっている。好きな中華レストランで、英字新聞を広げながら、ゆっくり昼食をとる。私には最高のご褒美だ。

⑥本当に楽しいというレベルまで行っていないというのもある。あるいは、楽しいということと、必要性が混じってしまっているというのもあるだろう。逆に、最初の頃は楽しかったのに、いつのまにか楽しめないレベルになってしまった、という例もあるだろう。こういう場合は、段階的に楽しかった時期がなぜ楽しかったのか、楽しくなかったのはなぜそうだったのか、を明確にするのがいいだろう。言葉でいうとたやすいが、大変な作業になるだろう。

⑦必要性を意識しないようにする:ボトムライン(今やっていることがどれぐらいだと納得するのか?あるいは、それが失敗するとどうなるのか?)という部分を明確にする。自覚していればそれほど惑わされないかもしれない。

⑧開き直るのも一つの方法だ。義務を果たさないとどういう不利益が降りかかるのか、それを考えて、明確にするのもいい。なんとなくわからない不利益に振り回されるよりいいかもしれない。

(つづく)
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by kudo_koji_blog | 2005-08-13 04:05 | 人生

楽しむことの大切さ No.1

最近、京都で武道として空手を普及させようとしている三明広幸師範のエッセイを読んだ。「楽しく夢中でやると、努力している実感がなく頑張れてしまう」ということを三明師範は推奨している。

そこで、私は気付いた。学問を楽しむこと。それがおろそかになっている、と。いつの間にか、世間の評価や余計な義務感が自分を束縛し、自由な発想が出来なくなり、楽しむという余裕が消えてしまっていた。

義務感を感じて、物事が成し遂げられればいいが、長期的に何かを学んでいくようなものに関しては、義務感だけでは動機が不十分だ。私も含めて、日本人は義務感というものがないと、なかなか自分を正当化できないものだが、「楽しむ」という発想があってもいいと思う。

やっていることを楽しむ。そのためには何が必要だろうか。三明師範のエッセイからキーワードを抜き出してみる。「義務感」をなくす。「努力している」という感覚をなくす。「根性で力」むことをなくす。

友人から言われてふと気付いたら、孔子も同じことを言っている。

「子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず」。宮崎市定氏の現代語訳にしてみると「子曰く、理性で知ることは、感情で好むことの深さに及ばない。感情で好むことは、全身を打ち込んで楽しむことの深さに及ばない」となって、味わい深い訳になっている。

(つづく)
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by kudo_koji_blog | 2005-08-12 01:58 | 人生

悪用されるイギリスの難民制度

皆さんは難民という言葉を耳にしたことがあるだろうか。難民というのは「人種、宗教、国籍、特定の団体の構成員または政治的意見を理由に迫害を受けるおそれ」を理由に自国の保護を受けられないものである。簡単にいえば、自分の国での迫害を理由に他国へ避難する人たちのことだ。

イギリスは国家政策として数多くの難民を受け入れている。ロンドンの人口の20人に一人が難民であるというデータさえある。

ではそのすべての人が、「迫害されている」といえば全く違うのが現状なのである。

ここからは私の周りでの観察でしかないので、どれだけの数があるとは言えないのだが、私の周りでは「迫害されている」現実が全くないのに、難民申請してイギリスに居座ってしまうケースは多い。

トルコや一部のアフリカ諸国の国から来る人は「出稼ぎ」のような形で難民申請する人がいる。どうやってやってくるかと言うと、「とにかくイギリスに来てしまう」というのが実情である。実際に聞いてみると、「イギリスにやってきて、適当に理由をまくしたてる」らしい。

イギリスにくれば、難民申請者は住宅や法的支援を無料で利用できる。審査の期間は、住宅や食事のほか、一週間に35ポンド(約6300円、そのうち約4500円が商品交換券)が支給される。国内に6ヶ月滞在すれば、労働許可証も支給されるという。ポンドは強い。これを自国の通貨に換算したら、とてつもない額になる。このお金はどこから出ているかというと、イギリス国民の税金からだ。

先日聞いたケースでは、「あと1年イギリスに滞在したい」というトルコ人のケース。あと1年いると、イギリスのパスポートがもらえるから、という理由からだ。1年したらどうするのか、という質問をしたら、「母国に帰るよ」という返事だった。イギリスに来た理由は「迫害されている」からではなかったのか! 私は愕然とした。出稼ぎと称して、やって来る「難民」には要注意である。

難民問題に関してさらに重要なのは、低賃金労働市場がある。イギリスは労働許可がなければ労働できないが、地方のハンバーガーショップなどで働けば、見つかる事も少ない。しかも、雇用者にとっては時給200円とか、300円とかでも、喜んで働いてくれる「難民」たちはとても大切な労働資源なのである。

イギリスは難民の受け入れに非常に寛容な国だ。自国の国民の税金を使って、難民を保護するのはすばらしいのだが、その制度を悪用している人たちが多数いるという現実を指摘したい。難民という問題は国際組織単位で考えていかなければ、イギリスのような寛容な国が結果的に、一番不利益(出稼ぎ「難民」保護)を被ることになりかねない。
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by kudo_koji_blog | 2005-08-03 16:23 | 国際