工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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カテゴリ:国際( 33 )


人体に影響を及ぼさない放射線量について

ここ数日枝野官房長官が「ただちに、人体に影響を及ぼすものではない」というような発言を連発するようになった。聞いていて、違和感が残る言い方である。

逆説的な解釈をすれば、「長期的には人体に影響を及ぼすものである」ということだ。そこをしっかりと理解していきたい。

また、以前はレントゲン1回分というのが基準として使われていたのが、最近は、CTスキャン1回分というのが基準らしい。それは妥当なのだろうか。

現在、よく使われる単位はマイクロシーベルト。たとえば東京であれば1時間あたり0.05程度である。

レントゲン1回で、だいたい50マイクロシーベルトの放射線を受ける。ただ、通常、1年に10回も20回も受ける人はいない。だから、50マイクロシーベルトでも年に数回であれば人体に影響はないというのもうなずける。

たとえば、現在、福島では1時間に140マイクロシーベルトになる場所がある。これは毎時間であるから、24時間外に出ている人がいれば、合計3360マイクロシーベルト。これはレントゲン67回に相当する。

最近、政府が好んで使うCTスキャン1回分という数値。通常のCTスキャンは6900マイクロシーベルトである。レントゲンに換算すると138回分である。つまり、CTスキャンはレントゲンの138倍の放射線を使うことになる。

話を戻そう。政府は基準を変えてはいけない。レントゲン1回分という基準を使うのであればそれを維持してほしい。CTスキャン1回分などというあいまいな基準を使わないでほしい。

文部科学省が説明する一般公衆の年間限度は1000マイクロシーベルトであることをしっかりと確認してほしい。

ここで私が強調したいのはどれぐらいで人体に被害が出るというものではない。私はこの分野に関しては素人である。だが、その素人が耳にして、まったく納得できない説明を繰り返し、それを補強しているのが、現在のメディアであり、政府の発言なのである。客観的なデータに基づいた発表を強く望む。
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by kudo_koji_blog | 2011-03-20 11:40 | 国際

オバマ候補の一時的勝利と大統領選の行方

今日、バラック・オバマ候補者が民主党の指名争いで、勝利宣言をした。数週間前から、ある程度予測できたとはいえ、かなりの苦戦だっと言える。

その理由はヒラリー・クリントン氏の極端なまでの頑固さで、党内で最後の最後まで、指名争いになってしまったことだ。それによって、指名争いの結末が遅れてしまった。

個人的にはバラック・オバマが大統領選で勝つと予測しているのであるが、ヒラリーの頑固さによって、オバマは苦戦をさらに強いられることになろう。民主党をここまで分裂させてしまったヒラリーの影響は大きい。

ヒラリーは指名争いに負けて、副大統領の席の獲得に、目的を移行させたようだ。私がオバマであれば、大統領になったら、ヒラリーを副大統領には指名しないだろう。ここまでの内部対立をみれば、ホワイトハウス内での争いがどういうものになるかは、予測できるからだ。

ヒラリーはもう少し早く手を引くべきだった。その際に、オバマをうまく応援する方向に回れば、副大統領の席も夢ではなかったはずだ。

現実には、オバマの大統領の可能性も薄くなり、自分の副大統領の可能性もなきものにしてしまった。ヒラリーの頑固さや、指名争いの相手への攻撃は、今後の彼女の政治生命を危ういものとしてしまっただろう。

オバマが大統領になって、誰を副大統領に選ぶかはとても気になるところだ。敵であるクリントンを完全に葬りさるか、それとも、あえて、身近なところにおいて、動けなくするかは、オバマの政治手腕と器量が問われるところであろう。
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by kudo_koji_blog | 2008-06-04 21:46 | 国際

バラック・オバマ VS ヒラリー・クリントンの行方

アメリカでは現在、大統領選挙の予備選でにぎわっている。今回、経済的にも政治的にも低迷しているアメリカのブッシュ政権を立て直すために、国民からは期待され、国際的にも注目されている。

面白いのは、民主党のヒラリーが勝ったとしても、オバマが勝ったとしても、初の女性大統領誕生か、初の黒人大統領の誕生となり、どちらも話題になる。

もうひとつ珍しいことがある。二人とも、上院議員だということ。今までの大統領は、ほとんど州知事か、副大統領が、選ばれてきた。そういう経緯のない二人が、大統領の地位を争うのは、よほど有能が人材がいないか、それとも画期的なことかのどちらかであろう。(例外は上院議員から大統領になったケネディ大統領)

また、二人ともロースクール出身の弁護士だということ。法律のバックグラウンド。これも面白い共通点だ。私もアメリカで実感したことだが、アメリカ社会がいかに法律を大切に扱っているかが、わかるだろう。

アメリカの大統領の条件の一つに、身長180センチ以上というのがある。他国を圧倒するために背の小さい人間は大統領になってはいない。ケネディ、レーガン、ブッシュ、クリントン・・・誰をあげても例外はない。そういう意味ではオバマに軍配があがりそうな気配はある。

ヒラリー・クリントンの強みは、「経験」である。そのようにヒラリーも主張してきた。2001年に上院議員に当選してからの経験は確かに有力ではある。また、大統領の妻という立場がどれほどの「経験」とみなされるのかも焦点となろう。

ヒラリーの弱みは、予備選で泣いてしまったことだ。国家のリーダーの候補者としてはあの場面ではないてはいけなかった。自分のキャパシティ(許容量)がそれだけというのを公衆でさらしたことになる。彼女が泣き始めて、同情する人はいたのかもしれないが、そこで、彼女に興味を失った人のほうが多いだろう。

最近、ヒラリーは自分の主張ではなく、オバマの攻撃を中心に主張し始めた。オバマ優位の情勢に、なりふり構わない戦法をつかったように見える。そうすれば、自分の優位性は築けるのかもしれない。だが、国家を率いる人間が、自分の哲学に基づいた政策をせず、他の候補者を攻撃ばかりしているとすれば、ヒラリーには大統領の椅子は荷が重過ぎることになるだろう。

オバマが、ヒラリーの泥仕合に付き合わず、明確な指針と政策について、その優位性を訴え、雄弁さを維持していければ、初の有色人種大統領が誕生するのはかなり近くなる。

ヒラリーが口にする「オバマの言葉にだまされてはいけない」という最近の彼女の主張にはディベートでは勝つことができないと負けをみとめてしまった感がある。身長のところでも指摘したとおり、「他国を優位に圧倒する」というのはアメリカの力強さなのだ。それは「言葉でも強さを証明する」ことも必要なのだ。「言葉ではない」という彼女に主張に動かされる人はどれだけいるのだろうか。「言葉の敗北を認める」・・・これはヒラリーにとっては致命傷ではないだろうか。
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by kudo_koji_blog | 2008-02-16 20:30 | 国際

アフガニスタンにおける韓国人人質事件

先日9月2日、アフガニスタンで人質となっていた韓国人19人が、解放された。2人が、殺されたが、大部分は無事だった。感情的には喜びたいが、問題は山積みである。

実は私はあの韓国人が人質になったとき、誰も殺されないだろうと思っていた。なぜなら、政府はテロリストと交渉しないと思ったからだ。見せしめに、男性が一人殺されるかもしれない、ということは考えてもいた。女性はほぼ間違いなく助かるだろうことは、予測するまでもなかった。イスラム教徒は女性を傷つけることを嫌うからだ。

誘拐事件というのは、犯人が交渉してくるのであって、交渉に乗らなければ殺しても意味がないからである。だから、テロリストと交渉してはいけない・・・それが国際社会のルールである。

韓国政府が交渉して、相手の条件を呑んだ時点で、テロリストの勝ちになる。私はまさか韓国政府が交渉に乗るとは思っていなかったので、驚いた。おかげで、そのテロリストたちは「人質を助けてやった」という大儀名分をもったままである。

テロリストの発想を理解するには契約を考えると良い。俺たちはAをしなければBすると言っただろう。Aをしなかったな。Bをしてやる。BをするのはAをしないお前たちが悪い・・・とこのようにシンプルな発想である。

だから、相手をするには、あなたたちはAをしなければBをすると言ったな。だが、私たちはそんなことは言っていない。だから、Aをしない。だから、いくらBをすると脅されても動じない・・・という流れである。あくまで、契約関係の因果関係を切って交渉する。

韓国政府は多きなミスをしてしまった。テロリストの条件を呑んでしまったこと。テロリストは人質を捕まえれば政府はひざまずくという例をつくってしまった。将来人質になってしまう数多くの人間よりも、19人の人間の命を選んだのである。

最後に、韓国政府が発表した23億とも言われる身代金を交渉したのは大きなミスであるということも伝えたい。将来、テロリストがどうやってお金を稼げばいいかを提示してしまったも同然である。韓国政府は仮に身代金を支払ったとしても、公には否定すべきなのである。

目前の少人数を助けるために、将来、誘拐される人間をないがしろにしてしまった韓国政府の罪は重いと私は考えている。

結果的に、政府が交渉しないだろうという前提のもとに、予測した私の事件の結末はまったく違うものになってしまった。
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by kudo_koji_blog | 2007-09-06 21:17 | 国際

原爆投下と久間元防衛相の発言(完全版) 

2007年6月30日、久間防衛相が、麗沢大学で講演して、米軍が日本に原爆を投下したことについて「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」と述べ、波紋を呼んだ。

私はこの発言を聞いたとき、何も驚かなかった。なぜかと言えば、日本人を歴史的に観察すると、これほど日本人の原爆感覚をよく表している表現はないように思えるからだ。

日本人はアメリカの原爆投下に関して、日本人は原爆を投下した行為を批判してこなかった。少なくとも裁判という形はとってはいない。アメリカで、訴訟を起こすことは十分可能だったはずだ。だが、国家も個人もアメリカ国家を訴追しようとはしなかった。東京裁判で、日本の主張が取り上げられなかったという事情はある。だが、その後、アメリカで裁判を起こすことはしなかった。戦後の日本で原爆に関しての裁判はいくつかあるものの、その対象は日本国家である。つまり、誰もアメリカを批判してこなかったということに変わりはない。

戦後の韓国人や中国人は、日本政府を対象に訴訟を起こし続けている。韓国人や中国人が、訴訟対象とするのは日本政府である。行為対象の国を批判する。だからこそ、批判をし続ける筋が通るのである。日本と中国とは日中共同声明で、韓国とは日韓基本条約で、それぞれの国は日本に対する請求権を失った。だが、それでも、請求し、謝罪を要求し続けるのである。

日本人が戦争のことで裁判を起こす場合、行為者ではないはずの日本の政府に対してのものがだけなのである。日本政府が原爆を実際には落としたわけではないのにかかわらずである。だが、日本人のほとんどが、「原爆を落としたアメリカが悪い」と考えるよりも、「戦争で悪いことをしてしまった代償としての原爆」をある意味で、受け入れているのである。

原爆を落とすことになった当の米国とは、世界でもっとも「仲のいい間柄」になった。日本人はアメリカ人の生活様式を真ね、それが「すばらしいもの」だという錯覚をし続けた。日本人には、原爆を落とした国にその責任を追及する努力も気概も見当たらない。「しょうがないと思っている」と言われても不当だとも言い切れない。

日本人の原爆感覚というのは「アジアで不当な行為を行ってきた」という罪悪感に裏付けられたもので、どこか、後ろめたさが付きまとう。日本政府の行為が、戦争犯罪であったかどうか、ということは国際法上の議論があるにせよ、決して後世の世代の人間たちが、誇れるものではない。だから、こそ日本人は潜在的に「原爆投下」という事実を心の中で、正当化してきたのだと言える。

久間防衛相の発言そのものは妥当だという話ではない。妥当ではないだろう。政治的な発言をそのまましてしまうところに、防衛相の落ち度があり、その資質のなさがうかがえる。

だが、その発言には日本人が戦後とってきた態度をうまく表していると感じざるを得ない。

日本人は本当に原爆を悪いものだと理解しているのだろうか。なぜ、その行為を批判することをしなかったのか。批判してきている、というかもしれないが、それは政治的・社会的・国際的な行為とまで理解されていない。

私が、世界で、「なぜ、日本は原爆を落としたアメリカを非難しないのか?」とよく聞かれるのだが、それは日本人が原爆投下という行為に対して、徹底して糾弾していこうという態度が見えないからに違いない。

日本人が、原爆を悪いものだと考え、そして、原爆を落とした政府や国を悪いと考えるのであれば、アメリカで、裁判を起こし、徹底的にアメリカの非を追及すべきだ。自らは何の行為も起こさず、政治家が原爆に対しての発言をしたときだけ、その怒りを露にするのであれば、それは国際的にはまったく不思議な態度であるとしか、言いようがない。
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by kudo_koji_blog | 2007-08-01 09:29 | 国際

久間防衛相の「原爆投下、しょうがない」発言について

6月30日、久間防衛相が、麗沢大学で講演して、米軍が日本に原爆を投下したことについて「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」と述べ、波紋を呼んでいる。

私はこの発言を聞いたとき、何も驚かなかった。なぜかと言えば、日本人を観察すると、日本人の原爆体験をよく表しているように思えるからだ。

では、この発言は妥当だったのか。妥当ではないだろう。政治的な発言をそのまましてしまうところに、防衛相の落ち度があり、その資質には疑問がつきまとう。

だが、この問題はそこだけにとどまらない。

この問題は、日本人が、原爆投下の責任を追及してこなかったという事実に焦点を当てるものであった。日本人は中国人や韓国人と違い、戦争犯罪の訴追をしてこなかった。アメリカで裁判ができるにもかかわらず、である。歴史的に言えば、国際法的に違法であると証明することはいくらでも可能であったのだ。

今まで、私は多くの外国人に質問されたことだ。「なぜ、日本人は原爆投下の張本人の国と仲良くなってしまったのか?」と。

日本人はアジア諸国に対して罪悪感がある。その感情と、原爆投下に対する被害意識と一緒にしてしまっているのだ。日本人は「原爆は許せない」という割には、何の行為もしてこなかったし、米国での裁判もやってこなかった。政治家の発言があったから、怒りをあらわにするが、だからといって、60年前の行為について、アメリカで裁判を起こそうという気概は感じられない。

原爆の問題を腫れ物を触るように扱ってはならない。今回の問題をタブー視してはならない。日本人がタブー視することなく、原爆を見つめるべき時期が来ていると私は信ずる。
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by kudo_koji_blog | 2007-06-24 03:48 | 国際

親に殺されたイスラム教徒の女性の話

イギリスで、先日、こんな事件があった。親が決めた結婚相手と結婚せず、他に恋人を作ってしまったイスラム教徒の女性がいた。彼氏が出来たことが親に見つかり、その人は「親に殺される」と4回も警察に届けたのであるが、警察に取り合ってもらえず、結局、その女性は親に殺されてしまったのである。注意するのは彼女は浮気をしたわけではないのである。婚前交渉自体が「問題」とされているのである。

保守的なイスラム社会であれば、こういう類の話は腐るほどあるのだが、知らないとピンとこないかもしれない。だから、イギリスの警察も、絵空事だと考えたのだろうが、それは現実のものとなった。

彼女の「問題」は何だったのか。親の予定した結婚相手と結婚せず、婚前に他の男性と関係を持った、ということが、「反道徳的」とされるのである。

こういう話はイスラム諸国の田舎に行けばいくらでもある。しかも、どちらかと言えば、男性側ではなく、女性側が被害を被っている。殺しに来るのは親なのであるから、恐ろしい。

以前、日本でも似たようなことがあった。パキスタン人と付き合っていた日本人女性。彼とつきあった後、「別れたい」ということを告げたという。それを聞き、このパキスタン人の男性は激怒し、彼女は殺されてしまった。これは実際に日本で起こった話である。

もうひとつ。パキスタンの一部では、レイプされた女性は家族によって殺されたりしていることが、人権団体から報告されている。どれだけの数になるのかは定かではないが、珍しいことではないようだ。しかも、加害者側のほうは、逮捕されなかったりするという。

英語ではhonor killing(名誉の殺人)と呼んでいるのだが、どうもその翻訳には納得がいかない。ただ、イスラム諸国の場合、そのような殺人を犯しても、逮捕されなかったり、逮捕されても、軽い刑で済まされることが多いという。

文化は相対的に見なければならないから、文化の是非は問わないが、この事件はイギリスで起こったのだから、非難されて当然である。捕まった親も、軽い刑で済まされることはないだろう。

この事件を機会に考えたのであるが、異文化を接したときに、その文化を極端なまでに持ち続けるのはマイナスになると考える。自分のアイデンティティを維持するのはすばらしいことであるが、そこが、自分の国だと錯覚するのは間違っているだろう。

また、相手に文化の理解を求める場合、相手がそれに同意していなければ、どんな価値も意味のないものに終わってしまう。一番最初に紹介した女性の場合、すでに保守的なイスラムの文化には賛同していなかったのであるから、そのように期待するのは無意味だったということだ。
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by kudo_koji_blog | 2007-06-13 09:50 | 国際

国民のことを大切にしない国家・・・日本

日本にいると気づかないのであるが、海外に出てみると、日本という国があまり国民を大切にしていない国だということに気づく。

最近、北朝鮮による拉致疑惑で、あたらしく国に拉致と認定されたりするのがあるようだが、なぜに30年も経った今なのかがわからない。それまで家族が請求してもたらいまわしにあったあげく、断られてきた。日本にそういう認定をしたくない、という意図があるとしか思えない。

これが、イギリスやアメリカだったらどうなるか。軍隊を送って、なんとか助けようとする。公式にできなければ各国に散りばめられらエージェントが非公式に動くことになる。自国民はそれだけ大事だと考えるからだ。市民の場合でも、日本ほどはおざなりにしないように思える。

最近、イギリス人の英会話講師が日本人によって殺されたが、それもイギリスでは新聞の一面を飾る報道である。これが、逆だったら、日本の新聞の一面を飾るだろうか。最近、ハワイで日本人が行方不明になったが、どれだけの報道がなされ、国としてどういう対応をとっているのか、比較してみるといい。

また、イラク戦争とき、何人が反乱分子に誘拐された日本人旅行者がいたが、国としての対応はどうだったのか。日本で報道された「自己責任論」というのは「国民を守るのが国の役割」というのが存在しないところに生まれる考えだ。

「日本は公のことを考えなさい」という割りに、国は国民のことを大切には扱わない。日本人が国家という意識を忘れつつあるが、そこには国家のこのような態度があることも理由のひとつだと考えている。国のことを意識できない人間が増える一方で、国民のことを意識できない国家が存続している。
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by kudo_koji_blog | 2007-04-29 16:05 | 国際

バージニア工科大での乱射事件について

先日、アメリカ歴史上最悪と呼ばれる無差別乱射事件が、バージニア工科大で起こった。使者32人、その中には教授も4人含まれるという。

具体的な事件の背景はその後の警察の発表にゆずるとして、この事件が起こす社会的な影響について考えたい。

犯人は「アジア系」である、という発表が直後からなされていた。私はとっさに「日本人でなければいいが・・・」と考えた。それが、日本人であっても、最近の犯罪の内容と数を見れば、驚きには当たらない。

中国のメディアは「犯人は中国人である」という誤報を流してしまったという。この「アジア系」という言葉こそが、アメリカ人がわれわれ日本人をみて抱く感覚なのだということを忘れてはならない。

この事件では韓国人に対する差別だけでなく、日本人に対する警戒心や憎しみを買う可能性が大きくなることを示す。なぜなら、差別や意味のない暴力を振るう程度の人に、韓国人と日本人の違いなどわからないからだ。

さらに、アジア系に対するビザの発給などが遅れたり、手続きが困難になっていくという可能性もある。

この事件の社会的な反応はメディアがどのように報道するかにもよるだろう。犯人は「韓国人」とはいえ、彼は永住権を持った人間である。そのように報道する意味があるのかはわからない。また、韓国首相はすぐに哀悼の意を表明したが、政府としてどのようにこの事件に対応するかで、今後の韓国イメージが決まると言っていいだろう。

不思議なのはアメリカでの在米韓国人による従軍慰安婦の集会「121連合」が中止になったことだ。韓国人ということを危惧してのものなのか、そのほかに理由があるかはわからない。ただ、朝日新聞社へのインタビューには「今は静かにしているべき時だ。(慰安婦問題について)すべての活動をキャンセルした」と担当者が答えたという。

この事件は、韓国人が批判する側ではなく、批判される側になった瞬間だったと言える。従軍慰安婦問題では韓国はいつも日本を批判すぐ側に回ってきた。だが、今回は世界の目が韓国を批判する側に回っている。社会的な趨勢に応じて、組織の活動を縮小する・・・政治的な配慮をしすぎて、組織活動の哲学がぐらついている印象を受けるのは私だけだろうか。

後記:121連合の集会はその後、阿部総理が渡米したときに行われることとなりました。
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by kudo_koji_blog | 2007-04-19 15:23 | 国際

イギリスの健康診断

昨日、妻がイギリスの病院で健康診断に行って来た。もともと一週間ほど前に、特定の健康診断を受けるようにという手紙が届いたのであるから、行って来たのであるが、これを機会にイギリスが進んでいると思われる点をお伝えしたい。

妻が受けた健康診断は無料である。ある一定の年齢になると3年後との診断が予定され、それは無料となる。

日本の場合、健康診断は有料しかも、保険が通用しない。そのため、どんなに簡単なものでも、1万円を超えてしまう。人間ドッグに行こうものなら、4万円ほどは用意しなければならなくなる。

断っておくが、「イギリスの医療が進んでいる」と言っているわけではない。むしろ、個別な設備・技術で言えば、日本のほうが進んでいる。

NHSと呼ばれるイギリスの保険が適用される病院ではお金はあまりかからないが、待っている人がいて、すぐに治療をうけられなかったり、技術も低い。お金がある程度ある人たちは保険の通用しないプライベートの病院に行くのである。

そのため総合的に判断した場合、保険が使える医療としては日本のほうが高くなるだろう。NHSの使える歯医者に行ったことがあるが、口をあけたとたん「すばらしい。どこでこのような治療をしたのか?」と言われてしまった。私が行った医者では歯に物をつめるとき、いちいち型をとったりせず、一気につめてしまう。だから、歯のかみ合わせは治療するごとに悪くなっていく。

話を戻そう。妻は病院に行き、無料の診断を受けることができた。結果が出るのは2ヶ月も後のことになるのだそうだが、社会的なシステムとして健康診断をつくったイギリスは、この点においては、日本よりも進んでいると考えている。

また、健康診断であれば保険がかからず、どこかおかしい気がするのでみてほしいというスタンスであれば保険がきく不都合なシステムの日本の健康保険制度は適用範囲をもっと広げる必要があると思う。
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by kudo_koji_blog | 2007-02-22 09:11 | 国際