工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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カテゴリ:心理( 4 )


内発的動機に関するキーポイント

先日は、内発的動機(自分が楽しむためなど、自分の中からわきあがってくる動機)について、説明した。

内発的動機の主要な原則として2点ある。キーワードは①自己有能感(自分の実力が向上する感覚)と②自分で決定しているという自己決定感(自律性)。

1点目は自己有能感。日々の努力が、自分の成長につながっているという感覚のこと。

2点目は自律性。それは自分で決定しているという感覚のこと。親や友人が「やってほしい」と言ったからといって、やるようなものは自律性があるとは言えない。

実はもう一つ大切な視点がある。英語でinterpersonal relations というのだが、その意味するところは、自分の存在を受け止めてくれる人のことだ。こういう人が傍にいて、信頼されると、人は内発的な動機が芽生えてくるという。

この点は実はとても重要で、友達が応援してくれればいいというわけではない。親が期待してくれればいい、ということではない。外的なプレッシャーになってしまう。プレッシャーがあると、内発的動機はわいてこない。逆効果になる。

interpersonal relations というのはその人をそのまま受け入れてくれる人のことだ。別の言い方をすれば、受容感が芽生えれば、その人は内発的な動機を作り出すことができる環境が整う。

よくすさんだ幼少期を過ごしたのに大成する人がいる。そういう人の環境を探ると、どこかで、そのような信頼感をつくれる人間との出会いがあるという。条件付でない信頼感をつくれる人間が、内発的な動機を作り出す鍵になる。

たとえば、亀田兄弟を見ていると、上に紹介した3つが、そろっているように思える。外的なプレッシャーはたくさんある。しかし、うまくそれらを無視して、自己有能感、自律性、受容感のある人間関係があるように思える。ここでは、受容感のある人間関係は兄弟そのものであり、父親なのだと思う。だから、いつも、外的なプレッシャーを跳ね返して、努力できるのだと思う。
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by kudo_koji_blog | 2011-01-15 22:02 | 心理

内発的動機を考える モチベーション低下の構造

最近、内発的な動機ということをテーマにいろいろ調べている。

自分以外の影響(報酬)による外発的な動機では、問題点は二つ。

①外発的な動機は長続きしないこと。②外発的な動機(たとえば試験とか試合)では、大切なプロセスを省いて結果重視になってしまう傾向があること。

サラリーマンの報酬も動機になってしまうと、当然モチベーションが下がる。自己評価や他の人との報酬だけを考えて働くと、仕事に対する本人の内的な動機は下がって当然かもしれない。

外部からの影響について、気をつけるべきキーワードはコントロール(支配)。

外発的な動機は時として効果を発揮するが、それに支配されてしまうと、内発的な動機が下がる。

親が子供をコントロールすることによって、やる気がなくなる、というのはよく聞くことだ。本来は支配せずに、子供を動機付けるはずが、支配してしまって逆に子供の動機が下がることが通常だ。

子供は、「親の期待にこたえたい」と考える傾向があるが、「親からの支配」に呼応している。親が過度に期待することによって、暗に支配をしている状況である。

面白いのは「支配」への反応が、「順応する場合」と「反発する場合」の二つがある。

「親がいい大学に入れ」というから、「一流大学に入りたくないのに入学した」というように、期待どおりに動こうとするのが順応。また、逆に、親が、「弁護士になれ」というから、好きでもないのに、「医者になった」というケースが反発だ。自分の内なる声を無視しているという意味は、根源的には同じことだ。

話を元に戻そう。内発的な動機のキーワードは①自己有能感(自分の実力が向上する感覚)と②自分で決定しているという自己決定感。

そうすると、何をやるにしても、自分で選んで挑戦し、そこで、実力の向上を実感できる、という感覚を持てると、うまく自分の中に取り込むことができる。

だから、人にやらされているようなことも、できるだけ自立的に考えたり、実力の向上を自覚できるようにすると、だいぶ、自分の中のモチベーションがあがることがわかる。いわば、二つの概念の融合である。

本来であれば、内発的な動機というのは武道的な鍛錬の考え方に似ているので、僕らの中にある考えだ。それが、周囲のプレッシャーや社会的な圧力によって、悪影響を及ぼし始めている。今一度、内発的な動機の大切さを考えてみたい。
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by kudo_koji_blog | 2010-12-20 11:39 | 心理

目標の具体化のススメ

私は目標の具体化を行うことにしている。目標の具体化とは何か?簡単に言えば、生涯の目標、10年後の目標、5年後の目標、3年後の目標、1年後の目標、今月の目標、今週の目標、今日の目標というように、具体的に目標を明確にしておくことである。

私もずいぶん昔には、このようなことをしていたのだが、ここ数年は目標の具体化などやっていなかった。最近はその重要性に気づき、目標の具体化を徹底している。

その意義は何か。自分のやるべきことを見失わないことである。日常の瑣末な出来事にまどわされず、ずっと向こうにある目標を忘れない、それがまず大きな効用だ。

もうひとつは、自分の短期の目標が達成されてしまった後にも、自分がやるべきことがあるということを気づかせるということ。これが、第二の効用。

私の場合、海外で博士号を取得して、しばらく目標設定ができなかったように思う。それは、目標達成だけしか、認知していなかったミスで起きたものだ。本来であれば、自分の生涯の目標の中のひとつであるべきものを過大評価したがために起きるミスだ。

目標はどんなものでもかまわないと思う。それを具体的に紙に書き出し、毎日目を通してみるべきだ。

その際に、注意すること。自分の目標達成のイメージをできるだけ、具体的に、自分の中に刻み込むことである。自分が10年後にはどうなっているのか。周りの反応はどうか。自分の感覚はどうか。それを五感で感じ取ることである。
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by kudo_koji_blog | 2008-07-21 19:15 | 心理

泳げない自分と恐怖心の発見について

先日、妻の誘いでプールに行った。妻が「行きたい」というのだから、あまり気乗りはしなかったが、それでも、普段使わない筋肉もきたえられるだろうと思い、一緒に泳ぐことになった。

実は、私は泳げない。泳げないと言っても、息継ぎができないという程度。もともと妻にはそのことはずっと言ってあったのだが、実際に水に入ったのはキプロスの海に続いて、これが二回目になった。

妻のほうは、小さいころからスイミングスクールに通っていたこともあって、泳ぐのがうまい。インストラクターになってもいいと思うほどだ。

水に入ってしばらくして、私の泳ぎ方が下手すぎて、ボードを使って、妻が手取り足取り教えてくれることになった。

妻は私よりも明らかに自分が上の分野があることを発見して、とても上機嫌だった。普段は状況をすべてコントロールしたがる私だ。水の中では、何もできない私が面白おかしかったのかもしれない。

実際に、ボードをつかっても、なかなかうまくいかない。まずはバタ足からといわれても、なんだかぎこちない。ボードにつかまりながら、クロールをして息をつこうとすると、手が沈む。妻は、「浩司は水が怖がっているのよ。だから身体が硬直しているのよ」と言った。

私は面白い自分を発見したと思った。

考えてみれば、私の過去を考えてみると、青森の小中高とも、年に1回ほどしか水泳を行わなかった。言ってみれば、学ぶチャンスなどはないわけだ。個人でもプールに行った覚えはない。そういう中で、今まで、泳げないできた自分がいた。

水が怖いという自分があり、それをはずかしくて、表に出してこなかったのかもしれない、という感じがする。

心理学的に自分を見てみると、水が怖いという自分を否定するのではなく、認めてあげることが大切であるという。

妻の要望で、水につかって、言われてみて、自分が恐怖心をもっていることに気づくことができた。

私にとってはひとつの収穫だった。また、機会があれば、チャレンジしてみたい。泳げるなどと皆さんに言えるのはまだ先のことだろう。
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by kudo_koji_blog | 2008-07-21 00:51 | 心理