工藤浩司オピニオン 公式ブログ


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by kudo_koji_blog
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工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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カテゴリ:博士号(PhD)取得への道( 7 )


いつ挑戦するか?

ひさしぶりに博士号取得のテーマをお伝えしたい。

日本の一部の世界のように博士号の取得がいつになるかわからないような特殊な世界は別として、通常、欧米などで博士号を挑戦する場合には3年~5年ぐらいかかると言われる。

私もキプロスで講師をした期間も含めて、5年かかっている。それを省けば、4年。長いとは思わない。短かったとも思わない。たぶんかけた時間からすれば短いほうなのかもしれない。

早い人は3年ぐらいで終了する人もいる。それは人それぞれだが、とてもうまく準備し、計画立てて、書いた結果なのだろう。

そういう事情から、ある程度まとまった期間が必要だというのはわかっていただけると思う。

欧米ではpart-timeでの博士号も可能だ。そういう場合は5年以上はかかるだろう。

私はfull-timeでしか経験したことはないが、part-timeは仕事を言い訳や逃げ場にしてしまい、結局はかかった時間の分の結果がついてこないことが多い。かなり経験のある人向けなのだと思う。

さて、いつ挑戦するかという話題に戻ろう。

博士号をとるかどうかは、個人の生き方の問題なのでとることがいいことかどうかはわからない。ただ、取るのであれば、気力のあるうちに挑戦しておいても悪くはないと思う。

そういう意味では、何事も同じかもしれない。準備、準備といって、いつまでも挑戦しないのはどうだろうか。できるときに挑戦してみるのも悪くはないと私は思う。
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by kudo_koji_blog | 2011-07-21 19:30 | 博士号(PhD)取得への道

指導教授の選び方

ヨーロッパに限らず指導教授選びは大学選びと同じぐらいの重要性を占める。半分が大学の設備や質であれば、指導教授はその半分を占めると言ってよい。

ここで、指導教授というのは自分の受けるコースすべての先生という意味ではない。最終的に博士論文を3年なり5年なりかかって指導してくれる教授である。

修士課程でも論文を書く場合は指導教授が存在するが、博士課程への道をつけてくれるという意味では修士課程の教授もとても重要な存在である。

実はイギリスではたくさんの指導教授とのトラブルを目にした。私が博士研究者の代表をしていたという理由もあるのだが、たくさんの問題を聞いた。指導教授が自分の論文を認めてくれないというのもあれば、アポイントがとりにくいとか、頻繁に会いすぎるなんていうのもあった。

有名な教授であればいいというわけではない。忙しくてなかなか会う暇がない人も多い。あるいは、有名になって博士論文の指導など興味のない人もいる。中には外国人に接する態度が、妥当ではない教授もいるということも聞く。大切なのは知名度だけではなく、実際の人柄や指導への熱意が大切だということだ。

私なりに指導教授を選ぶ基準を考えてみた。

①人柄:日本に限らず人柄は大きな地位を占める。実際には推薦状をお願いしたり、時には、助手として働いたりすることもある。そういうときに、親身になって助けてくれるような人であることが必要である。これは、現地にいって、その教授の評判を聞かなければならない、ということでもある。

どのような指導者を選ぶにせよ、事前にメールでやり取りをすることをお勧めする。その際に、感じられる人柄は重要な判断基準になると思う。

②専門分野:教授の専門分野が自分の興味にあっているかどうかも重要である。時に、自分のほうが、専門分野での知識が上となってしまうこともあるので、注意すべきだろう。

実は私の博士論文の指導教授は私の分野(戦争犯罪)を厳密には専門としていなかった。国際法は国際法だが、私は国際刑事法で、指導教授は国際法だが、別の分野に興味があったようだ。

実際に指導されてみての感想だが、特に問題はなかったということだけ付記しておきたい。チェックされるのは論文のロジックの部分であって、細かな情報ではないからだ。細かな情報では指導者よりも博士研究者のほうがよく知っているというのはよくあることである。

経験のある指導者は自分よりも博士研究者のほうが知っているということに気がついても驚きはしない。

博士論文の本質はそういうところにあるわけではない。博士号の本質は、自分の主張を書き、それが筋立てて書いてあり、妥当な理由に基づいているかどうか。それを口頭で守りきれるかどうか、それが試されるだけである。

すべてにおいて、指導者が上でなければならない、と思っている人は妥当な指導者ではないだろう。私も入学当初、「あなたの分野で私よりも知識が上になることなどすぐできます。でも、博士論文ではそういうことが問われているわけではありません」と言われたことがある。

③博士論文の指導経験:これはあまり指摘されないことだが、今までどれだけの人数の人間を指導してきたのか、ということだ。一人の教授が、生涯、指導する博士研究者の数はせいぜい20人から30人。年間にして、2人もいれば多いほうだろう。たくさん経験している指導者のほうが、よりよい指導を受けられる。

最初の1年は指導というよりも、とにかく書かせることを要求したほうがいいのだが、経験のある人はあまりうるさく言わずそれができるのだが、経験のない指導者は「質」にこだわり「量」を指導することを忘れてしまう傾向がある。

経験のある指導教授は段階を視野にいれて指導する。最初の1年目はこれ。2年目はこのぐらい。最後の年はこれ・・・というようにである。最初の年に必要なハードルを最初の年に要求するようなことがあってはならないし、それは指導ミスであろう。

④年齢:若い指導者は要求が強すぎて、研究者に過度のプレッシャーを与えてしまう傾向がある。私が知る多くのケースでも、1年程度の研究者が、過度の要求でつぶれそうになっていた。

⑤モデルとしての影響力:自分が将来こうなりたいという部分をその指導教授は持っているかどうかも私は大切だと思っている。私は、国際法の分野でもっとも影響力のある教授ということで、レスター大学を選んだが、後悔したことはない。

圧倒的な存在感の前に、何度となくひざまずきそうになったものだが、「浩司、同意してはいけない。反対しなさい」とよく言われたものだ。世界的に影響力のある学者に、数年にわたり対等に扱われた経験は、今でも強く残っていて、今は、それが自分の心の財産になった。

⑥留学生を指導した経験:留学生を指導した経験が豊富かどうかはとても重要な視点である。経験のある指導教員は最初の段階では言語の問題に固執しない。言語のテストではないからである。

留学生の指導を経験したことのない教授は、「言語のつたない人=知識のない未熟な人」といった判断基準をもってしまい、留学生は低く判断されてしまう。留学生をたくさん指導したことのある教授はそのような判断はしない。うまく指導し、時に言語のサポートを指示したりもできる。
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by kudo_koji_blog | 2008-03-02 19:19 | 博士号(PhD)取得への道

どんな科目を選ぶのか?

研究をする際に、どんな分野を選んだらよいか、ということはとても重要な問題である。

大学時代は経済を学んだが、それほど意識して選んだわけではなかったので、もっとやりたい分野を選べばよかったと後悔したほどだ。結局、大学時代から、他の学部の授業をとって経済以外の科目をたくさん学んでいた。

自分の分野を選ぶさいに、考慮することはいくつかある、特に、日本のように商業化されてしまった社会においてはなおさらである。

本来ならば、研究するのはやりたい分野が望ましい。他の人にはどんなにつまらない分野であっても、本人にとって面白ければよい。本人がそう感じられれば、何か新しい発見などで貢献ができる可能性が高い。本人が面白くなければ発見や独創的な視点では物事は見られないだろう。

私の場合を話そう。私は分野は国際法にはじめからきめていた。少なくとも、国際関係か、国際法のどちらかをやりたかった。もともと正しいとか間違いとか、を突き詰めるのがすきだから、法があっているということも感じていた。

選ぶ際に、考えたのは①英語は専門にはしない、②「国際」と名のつくものにする、③社会にためになるような分野を選ぶ、ということである。

この三つのスタンスは今も変わらない。国際法はやればやるほど、面白いと感じたし、社会に貢献できる分野であると実感していた。

①英語を専門にはしない:これはなぜか昔から決めている。私は英語の専門家にはなりたくないし、なれないだろう。英語は私にとってメッセージを伝える手段以外の何者でもないのだ。それが、自分にとっての英語感覚であった。他に、よい手段(言語)があれば、それを使えいいだろう。

②「国際」と名前のつくものにする:高校生のころから、「国際」と名のつくものには興味があった。国際政治、国際平和、国際機構・・・。私がこういった分野に興味を持つのは昔から気づいていた。

③社会にためになるような分野を選ぶ:これについては若干説明が必要だろう。なぜなら、どんな分野でも社会にためになる可能性があるからである。

「すぐに役に立つか?」などという尺度でみれば、それこそビジネス系の分野や理系の分野がいいのだろう。だが、社会はそれだけでは動かない。いや、動いていない。心理学も、歴史も、社会学も、すべて必要なのである。

この質問は逆に、「自分が社会をどのように見ているか?」に大きく左右される。私の例でいれば、「日本は国際社会に多いに影響を受けている」という見方が、影響したものだといえるだろう。

最後に、自分の専門分野で、残念ながら、その人の将来の仕事は大きく左右される。理系の分野のほうが、文系よりも、仕事の数は多い。そういう理由から、理系の分野を選ぶ人が多い。

これも人それぞれなのだが、自分がどう人生を考えるかによると思う。「売れるものだけを学ぶ」という発想では、社会全体でみれば、あまり好ましくはない。社会全体でみれば、どのような分野でも専門家は必要なのである。

理系の分野では「どのように技術体系を発達させればよいか?」ということには多いに役に立つが、「なぜ、技術体系を発達させればよいか?」とか「どこまで技術体系を発達させればよいか?」には答えてくれない。「生活が便利になることが当然である」と思っている人にとっては問題ないのかもしれないが、それは文系の学問においては「生活が便利になる意味はあるのか?」と疑問を呈すべきことである。

学ぶ分野を考えるにあたってはいくつか考えなければならない問題があり、ひとつの答えを出すことはできない。個人的には「自分で面白いと思う分野を学んでほしい」と思っている。だが、なかなかそれだけで割り切れない社会的な事情もわかる。ただ、どのような分野も必要であるという意識は忘れてほしくはないと思っている。
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by kudo_koji_blog | 2008-02-10 00:21 | 博士号(PhD)取得への道

誤解のないように・・・アメリカの大学の博士号一般についての話

ここで、誤解のないように説明しておきたいのだが、アメリカの博士号が価値がない、という話ではない。むしろ、アメリカの博士号は世界で有数のものであると私は思っている。

アメリカでは5年ほどの時間をかけて、じっくりと基礎知識を学んだあと、論文を書いていく。そのコースに入るには修士号が絶対必要なわけではない。修士号がなくても、入学できる場合も多い。私がワシントン大学で、出会った経済学の博士研究生たちは、みな修士はもっていなかった、ことからもわかるだろう。

ただし、アメリカの場合、ロースクールにおいては状況が違う。法律の場合は学士→修士→博士のような階層は明確に存在しない。なぜなら、ロースクールは大学院であるし、実践的な科目という捉え方がされるため、法律の最初の学位であるJDがかなり尊敬されている。

その証拠に、アメリカのロースクールの教授たちの経歴を調べてみると、法律の学位に関しては、JDだけとか、JDとLL.Mだけという場合がおおい。つまり、最初の法律の学位だけで、十分な説得力を持つのである。

アメリカのロースクールの教授になるコースは次のようなものだ。一流大学の学士号を持つ。そして、一流大学のロースクールのJDを持つ。そして、大きな法律事務所に勤務する。その後、ロースクールで教え始める。

この実践的な経歴が、アメリカのロースクールの教授たちの経歴なのだ。博士号があるとか、ないとか、ではない。こんな現実があったものだから、私は、アメリカで目的を失ってしまったのだ。

そこで私が出した結論は、やはり「法律のPh.Dをとりにいくこと」であった。SJDというアメリカの最高位の学位(?)は私にとっては無意味なものとなった。それをとったとしても、上記のような理由で尊敬もされず、評価をされないのであれば、とる意味はない。そう考えていた。

アメリカ以外で、学問の質が高く、英語が通用するところといえば、イギリスしか頭に思い浮かばなかった。
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by kudo_koji_blog | 2008-01-22 00:03 | 博士号(PhD)取得への道

アメリカのロースクールの博士号

私は、29歳で海外に初めて渡り、アメリカで、30歳を迎えた。いうなれば、30年間、海外に出たことはなかった。そんな私が突然、海外に行きたいとおもうにはそれなりの強い動機があった。

(今のところまだ実現していない目標だが)渡航するとき、やりたかったことはアメリカで法律を教えること。そのためには、アメリカで博士号をとることが必要だと考えていた。

博士号とは言っても、当時はなんのことだか、わからない。とにかくそれさえ取れれば、なんとかなる、とおもっていた。そんな目標だけあればどんなに日常がつらくてもガツガツと生きていけた。

ところが、実際に、アメリカのロースクールに問い合わせると、Ph.Dというのは存在せず、SJDと呼ばれる学位があるという。それはDoctor of Judicial Science(法科学の博士)というもので、論文を書くだけのコースがあるという。だが、それが博士号になるのかどうかわからない。

もともとアメリカのロースクールというのは大学院である。つまり、学部は存在しない。

①最初の学位はJDと呼ばれ、Juris Doctor といって、日本語では法務博士が妥当な訳のようだ。3年かけて幅広い分野の法律を学び、実務の世界に入っていく。それがほぼすべての学生の将来なのだ。

②その次の学位に、修士号があるのだが、それはLL.M と呼ばれ、法学修士号にあたるだろう。実際に、この学位を私はとることになるのだが、「もう少し学びたいとおもっているアメリカ人の生徒」か、「海外から法律を学びに来ている留学生」が主だった。通常はそこまで必要ない、と考えられているのだ。

③私は当初、このSJDをとれば博士号と同等な資格になるのだとおもっていたのだが、実際に、アメリカの教授に聞いたところ、どんなにLL.MやSJDをとったところで、アメリカで、JDをとらないと、教授になれない、ということがわかった。

法律の場合には、Ph.Dがない。何か扱いが違うようだということはわかった。これはアメリカの法システムに起因する問題なのである。

アメリカでは法律は社会の要である。だからこそ、何か専門分野を持っている人だけが学べる大学院にしたのである。しかも、法律はアメリカでは実務的なものとして理解されているので、JDさえあれば、それで十分教授になれる。渡航して数週間で、そんな現実を目の当たりにして、私は目標を失ってしまったのである。

これが、私が、ヨーロッパに視点をかえるきっかけになった。
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by kudo_koji_blog | 2008-01-20 23:29 | 博士号(PhD)取得への道

Ph.D とは・・・(改定版)

Ph.D という言葉を初めて聞いたのは、留学した経験のある人からだった。発音はそのままピー・エイチ・ディーと英語ではいう。日本語で博士号とは聞いたことがあるが、英語では聞いたことがなかった。

Ph.DというのはDoctor of Philosophyの略で、まあ、直訳すれば、「哲学の医者」となり、智を愛するものという意味のものだろう。私はとてもその意味にあこがれた。

今までたくさんの人がPh.Dを私の前で語ったが、どれもいまいちピンとこなかった。ためになるのは実際に経験した人のものだ。一番言われて納得したのは私の指導教授であったマルコム・ショー教授の言葉だった。教授は私が始めて博士研究生になったときに、こういった。「Ph.Dはスタミナの試験です」。言われたときはまったくピンとこなかったが、時がたつにつれてその意味が身にしみるほどよくわかった。

では、Ph.Dとは何か? 研究者の資格といってしまえば、それだけであるが、日本の大学など、博士号もとらずに教授をやっている人はたくさんいる。

私にすれば驚きの事実であるが、大学に残って担当教授との関係を大切にして、辛抱していればいずれは、大学での教員の道が開けるらしい。私はそんなやり方はまっぴらごめんだ。なぜなら、研究者や学者にとって、大切なのは心の自由だからだ。私は自分を奴隷にすることは許さない。

話を戻そう。Ph.Dをとるためにはどういうことをすればよいかというと、博士研究生(員)になり、3~5年で300ページほどの論文を書き、提出、認可が下りればそれでよい。

何かを誰かに教わるわけではない。一人で、研究する。(少なくともイギリスでは)誰かの意見になびく必要もない。それは自分の論文だからである。私も、「これは私の論文ではない。あなたの論文だ」と指導教授に何度言われたことか。

よく「研究者の才能」ということを耳にするが、それは「このスタミナがあればよい」と私は考えている。つまり、ひとつのことを長い時間つづけられるかどうか、という点だけである。いわば、「根気」のテストである。

頭脳明晰であるべき、というような意見があるが、実際は、Ph.Dは日本一、世界一を目指す試験ではなく、そのバーは人がおもうよりも、案外、近いところにある。世界的に著名になるには頭脳の明晰さが必要かもしれないが、Ph.Dを目ざす程度であれば、何よりもまず根気が必要だろう。

実際に、イギリスで経験してみて、その根気の意味がよくわかった。一定の間、研究を強制させられ、書く提出期限が決められる。そのストレスで多くの人は、気がめいってしまう。私の周りにもそんな人たちがたくさんいた。休学するもの、ドロップアウトするもの、永遠に在籍しておわらないもの・・・。そんななかで、根気があり、数年の間ひとつのことを続けられた人が、Ph.Dを勝ち取ることになる。

完璧主義も問題になる。なんと、あまりに完璧を目指しすぎていつまでも、提出しない人もいる。さきほども指摘したように、「これはオリンピックで金メダルを目指す」テストではない。ある一定のバーに届けばみな合格する類のものである。

何を隠そう私も、この「根気の壁」にひざまずいていた。書きたいことはあるのに書けない。机にすわれば手が進まない。アイデアが浮かんでも具体化しない。何ヶ月も論文が進まなかったこともある。

そんな中で、一番大切だなと感じたのは「あなたはこれをやりたいのか」ということだと感じている。やりたければ、チャレンジするしかない。そのときチャレンジせずに一生後悔するよりは、挑戦して、経験できたほうが人生は充実しているのだ。

結果!? 結果は二の次である。結果として、あなたがオリンピック級の能力を発揮するかもしれないし、Ph.Dを取得するかもしれない。また、もしくは「根気の壁」にひざまずくかもしれない。

だが、挑戦する前にこのような結果を分析したとて、それが確実にわかるのだろうか。それは神のみぞ知るところだ。どんなに気力、実力があったとしても、家族の一人が病気になったりするだけで、その達成は難しくなるのだ。数年後の結果など、わかりはしない。

Ph.Dをめざすのは、自分の内なる声だけでなく、家族の声や周りの声が聞こえてこなければ、続けられない。長丁場の挑戦だ。そういう意味で、すべての環境がととのっていなければ挑戦できないのだ。私は幸運にもそのすべてがそろっていた。そろっているうちに、挑戦した。それでよかったとしみじみおもう。

私の親友で、ユダヤ人の国際法の学者がいる。彼は2年で、Ph.Dを取得した逸材なのだが、彼がこんなことを言った。「Ph.Dはやっているときは大変だけれども、終わったら、それがいかに価値があることかわかるよ」。

私は今その意味をかみしめている。
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by kudo_koji_blog | 2008-01-16 09:31 | 博士号(PhD)取得への道

学問の始まりは・・・

私は大学時代、勉強が嫌いだった。人に強制されるものはすべていやだった。高校時代の受験勉強も、やる気になるまで手をつけなかった。みんながやっているというだけで、やるなんて、私には信じられなかったのだ。結局、大学に入るのも、3ヶ月ほどしか勉強せずに過ごした。

大学時代の受験科目は数学と英語。実践英語はもともと留学したいと思っていたこともあり、けっこうできた。だから、何もしなくても、かなり上位の成績をとれた。3ヶ月の間、徹底して数学だけやった記憶がある。当時は、変則的な入試制度をやっていた福島大学には二次試験だけの評価で入学できた。私がそこに在籍したのは、そこしか行くところがなかたっというのが実情だった。

大学時代はほとんど勉強しなかった。福島大学でレジャーランドのような状況にはとうていついていけなかった。確かに、学生はそれほど勉強しているようには見えなかった。気にすることといえば、卒業するための単位がとれるかどうか、ということだけ。福島の田舎で、そんな雰囲気の学生に囲まれ、私は飽き飽きしていた。

今、考えてみると、私が入った経済学部は、実は全国的にみても、充実していて、近代経済、マルクス経済ともに、よい教授がそろっていた。当時の私にはそれに気づかなかっただけなのかもしれない。

入学してしばらくして極真空手に出会う。大学へ来て、自分の魂に響くものが何もなかった私には、自分の身体ですべてが決まるフルコンタクトルールの空手に、はまるのには時間がかからなかった。

実は、高校でも、寸止めルールの空手部に入学するのだが、高校での空手部はひどかった。先輩の命令には絶対服従。しかも、頭の悪い人間たちが、先輩だったりするものだから、「タバコを吸え!」などといわれ、入部して数ヶ月もせずに退部した。それを気に、人に強制されることがいやになった。

さて、入学した空手サークル。実は、福島大学の極真空手のサークルは、全日本大会で、チャンピオンになった三瓶啓二師範のもつ道場の支部だった。猛者がうようよしている道場に通えたのは、それを知らなかったからという理由だろう。知っていたら、行かなかったかもしれない。

ただ、当時を思い出して言えるのは、「俺は強くなりたい」という思いだけだった。自分の内面の弱さをすでにわかっていた私には、「肉体的に強くなる」ということが、それを克服する機会をつくるということだけはわかっていた。
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by kudo_koji_blog | 2008-01-11 00:20 | 博士号(PhD)取得への道