工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
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工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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親孝行のない西洋

先日、オランダの友人と話していて、「親孝行」という言葉を言おうとしたが、みつからなかった。なんとか、「do a good thing to my parents(両親によいことをする)」などと、他の単語で言ってみたが、どうもしっくりこない。彼に聞いてみたら、西洋にはそういう観念がないのである。

 個人主義が発達している西洋では、親と子供は同等である。だから、子供が早くから大人として扱われるかわりに、親も子供から面倒をみてもらうという発想はほとんどない。歳をとったら老人ホームにいれておわりである。

 私の友人で、イギリス人と結婚している日本人がいるが、親をまったく他人のように扱う人間関係にはついていけない、とこぼしていた。

 東洋では親はいつまでたっても親という発想がある。儒教の思想の影響だろう。親を尊敬し、そして、親が生活できなくなったら、子供が面倒をみる。それはある意味で、子供がしてもらったことを逆に親にしてあげるわけだ。 

 中江藤樹という儒学者がいる。彼は15歳の時、伊予大洲藩の藩士として禄100石を受けついだ。その後、祖父母がなくなり、彼の父も亡くなる。残った母のことを心から想った彼は辞職を願いでるが、受け入れられず。彼はどうしたかというと、脱藩して、村に帰ってしまい、酒などを売りながら、親を養ったという。それが彼27歳のまだまだ若い時期だ。簡単にいえば、彼は親の面倒をみるために仕事をやめてしまったのだ。

 自分が一番大切だという西洋の個人主義においてはこの話は美談どころか、不幸な人の話に聞こえるのかもしれない。だが、日本人にとっては美談として聞こえるのではないか。自分をさしおいて、親のためにすべてを投げ出すなんて。

 しかも、彼の驚愕すべきところは、「親孝行をしなければならない」という義務感ではなく、「親孝行したい」という自分の意思にもとづくものなのだから、驚く。そして、それは彼の確固とした哲学によって明確にうらうちされたものだった。

 彼はその後、心を大切にした学問をときはじめる。大切なのは学問を自分の心にうつしだすことだという考えだ。

 科学的な知しか信用しない西洋にはなじみがないものだが、人を大切にする学問はわれわれになじみのあるものだ。

 何をするにしろ、実践を抜きには考えられない。学問すなわち実践。そして、実践は日々の行動で判断される。藤樹の学問はまさにホンモノだったわけである。 

 話をもどそう。私はなんでも西洋化すべしという考えには反対である。西洋のものがすべて正しいというのにも反対である。西洋の考えには良いものもあれば悪いものもある。

同じように東洋にも良いものもあれば悪いものもある。私は、東洋には東洋のよいところは進んで大切にしたい。東洋の価値としての親孝行、人を敬う心、人間関係への気配りなどはとてもいいものだと思っている。その考えをおおいに西洋に向かって、発信したい。
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by kudo_koji_blog | 2005-06-01 17:15 | 人生
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