工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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≪PROFILE≫
工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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誤解のないように・・・アメリカの大学の博士号一般についての話

ここで、誤解のないように説明しておきたいのだが、アメリカの博士号が価値がない、という話ではない。むしろ、アメリカの博士号は世界で有数のものであると私は思っている。

アメリカでは5年ほどの時間をかけて、じっくりと基礎知識を学んだあと、論文を書いていく。そのコースに入るには修士号が絶対必要なわけではない。修士号がなくても、入学できる場合も多い。私がワシントン大学で、出会った経済学の博士研究生たちは、みな修士はもっていなかった、ことからもわかるだろう。

ただし、アメリカの場合、ロースクールにおいては状況が違う。法律の場合は学士→修士→博士のような階層は明確に存在しない。なぜなら、ロースクールは大学院であるし、実践的な科目という捉え方がされるため、法律の最初の学位であるJDがかなり尊敬されている。

その証拠に、アメリカのロースクールの教授たちの経歴を調べてみると、法律の学位に関しては、JDだけとか、JDとLL.Mだけという場合がおおい。つまり、最初の法律の学位だけで、十分な説得力を持つのである。

アメリカのロースクールの教授になるコースは次のようなものだ。一流大学の学士号を持つ。そして、一流大学のロースクールのJDを持つ。そして、大きな法律事務所に勤務する。その後、ロースクールで教え始める。

この実践的な経歴が、アメリカのロースクールの教授たちの経歴なのだ。博士号があるとか、ないとか、ではない。こんな現実があったものだから、私は、アメリカで目的を失ってしまったのだ。

そこで私が出した結論は、やはり「法律のPh.Dをとりにいくこと」であった。SJDというアメリカの最高位の学位(?)は私にとっては無意味なものとなった。それをとったとしても、上記のような理由で尊敬もされず、評価をされないのであれば、とる意味はない。そう考えていた。

アメリカ以外で、学問の質が高く、英語が通用するところといえば、イギリスしか頭に思い浮かばなかった。
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by kudo_koji_blog | 2008-01-22 00:03 | 博士号(PhD)取得への道
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