工藤浩司オピニオン 公式ブログ


世界を飛び回る日本人   工藤浩司のオピニオン  
by kudo_koji_blog
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≪PROFILE≫
工藤 浩司 (くどう こうじ)
1971年青森県十和田市生まれ。

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学問の始まりは・・・

私は大学時代、勉強が嫌いだった。人に強制されるものはすべていやだった。高校時代の受験勉強も、やる気になるまで手をつけなかった。みんながやっているというだけで、やるなんて、私には信じられなかったのだ。結局、大学に入るのも、3ヶ月ほどしか勉強せずに過ごした。

大学時代の受験科目は数学と英語。実践英語はもともと留学したいと思っていたこともあり、けっこうできた。だから、何もしなくても、かなり上位の成績をとれた。3ヶ月の間、徹底して数学だけやった記憶がある。当時は、変則的な入試制度をやっていた福島大学には二次試験だけの評価で入学できた。私がそこに在籍したのは、そこしか行くところがなかたっというのが実情だった。

大学時代はほとんど勉強しなかった。福島大学でレジャーランドのような状況にはとうていついていけなかった。確かに、学生はそれほど勉強しているようには見えなかった。気にすることといえば、卒業するための単位がとれるかどうか、ということだけ。福島の田舎で、そんな雰囲気の学生に囲まれ、私は飽き飽きしていた。

今、考えてみると、私が入った経済学部は、実は全国的にみても、充実していて、近代経済、マルクス経済ともに、よい教授がそろっていた。当時の私にはそれに気づかなかっただけなのかもしれない。

入学してしばらくして極真空手に出会う。大学へ来て、自分の魂に響くものが何もなかった私には、自分の身体ですべてが決まるフルコンタクトルールの空手に、はまるのには時間がかからなかった。

実は、高校でも、寸止めルールの空手部に入学するのだが、高校での空手部はひどかった。先輩の命令には絶対服従。しかも、頭の悪い人間たちが、先輩だったりするものだから、「タバコを吸え!」などといわれ、入部して数ヶ月もせずに退部した。それを気に、人に強制されることがいやになった。

さて、入学した空手サークル。実は、福島大学の極真空手のサークルは、全日本大会で、チャンピオンになった三瓶啓二師範のもつ道場の支部だった。猛者がうようよしている道場に通えたのは、それを知らなかったからという理由だろう。知っていたら、行かなかったかもしれない。

ただ、当時を思い出して言えるのは、「俺は強くなりたい」という思いだけだった。自分の内面の弱さをすでにわかっていた私には、「肉体的に強くなる」ということが、それを克服する機会をつくるということだけはわかっていた。
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by kudo_koji_blog | 2008-01-11 00:20 | 博士号(PhD)取得への道
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